11月10日(水)曇り 花園華凛との日常
だんだんと寒さを感じてきた水曜日。この日は特に何事もないと思っていたけど、3時間目を終えて移動教室から帰ってくる時、廊下で思わぬ訪問者が現れる。
「あれ? あの子何してるんだろう?」
松永がそう言われて僕もその方向に目を向けると、花園さんが4組の教室をそっと覗いていた。いったい何事かと思いつつ、僕は少し早歩きで傍まで行く。
「花園さん、どうしたの?」
「リョウスケ、いったいどこへ行っていたのですか」
「どこへって前の授業が移動教室だったから……といか、僕に用事がある感じ?」
「はい。実は――」
「えっ? りょーちゃんの知り合い?」
早めに要件を済ませたかったけど、松永に見つかってしまった。
「松永、話を遮らないでくれ」
「ごめんごめん。あっ、俺は松永浩太です。こいつの友達」
「ご丁寧にありがとうございます。花園華凛と申します」
「花園さんね。あー、1組で見かけたことあるわ。もしかして文芸部?」
「いえ。華凛は違います」
「へぇー それじゃあ……」
「松永」
「はいはい。それでりょーちゃんに何の用?」
「化学の教科書を借りに来ました。今日は忘れてしまったので」
「そういうだったんだ。今日はちょうど授業があるから良かった。取って来るからちょっと待ってて」
僕はそう言って一旦教室へ入る。突然用があると言われて驚いたけど、そういう話ならお安い御用だ。でも、僕から借りるようになるなんてちょっと前まではお互いに考えられなかったことだ。
「はい。こっちは7時間目だからそれまでに返してくれたらいいから」
「わかりました。お昼休みにまた伺います」
花園さんは少しお辞儀をしてそのまま教室へ戻って行った。そんな様子をまだ教室へ入らずに見ていた松永は僕的に嫌な顔をして近づいて来る。
「りょーちゃんも隅に置けないねぇ」
「何の話だ。花園さんは岸本さんの友達だよ」
「なるほどね。で、そんな友達の友達から教科書貸し借りする仲になったの?」
「別に教科書くらい……」
自分でそう言いながらも松永の言いたいことも何となくわかる。ただ、前に聞いた話では花園さんは……友達の数が少数精鋭タイプだろうから他に頼みようがなかったのかもしれない。
「なんて言ったらいいかわからないけど、紆余曲折あって僕も友達になれた感じだよ」
「その紆余曲折が聞きたいんだけどなぁ。まぁ、友達の友達からお互いに友達になるのはいいことだし、めでたしめでたしってことにしとくよ」
「最初からそうしてくれ……」
「だって、りょーちゃんのいつの間にか知らない知り合い作ってるの気になるでしょ! そういうことも報告してよ~」
急に面倒くさい感じになる松永に「お前は僕の何なんだ」とツッコんでおく。
◇
「教科書ありがとうございました。この埋め合わせは近いうちにさせて頂きます」
昼休みに入ってすぐに僕は廊下に出ておくと、予想通り花園さんは真っ先に返却しに来た。
「気にしなくていいよ。僕も教科書忘れた時に借りに行くかもしれないし」
「その場合は華凛ではなくミチちゃんに頼みそうなものですが……」
「ま、まぁ、どっちかわらかないけど、いざとなったら頼りにするということで」
僕はそう言うけど、以前に教科書を忘れた時は別のクラスの人に借りるのが面倒くさいと思ったからその日は誤魔化しながら授業を受けていた。でも、そう言ってしまったからには今度忘れた時は仮に行くべきだろう。
「それでは華凛はこれで失礼します。あ……ミチちゃんに何か伝言はありますか?」
「えっ? 特にはないけど」
「……つまらないですね」
「ええっ!? そう言われてもな……」
「ミチちゃんに聞いた時も同じことを言われました」
「そうだろうね……」
「でも、華凛もただ返却に行っただけでは面白味にかけます。なので、何か伝言を寄越してください」
どうして教科書を貸した僕が追い詰められるのかと思ってしまったけど、当の花園さんは期待した眼差しで僕を見つめる。たぶん、全く悪気はない。
「それじゃあ……午後からも頑張りましょう、冬雷先生って伝えておいて」
「確かミチちゃんのペンネームですね。承知しました。それではまた」
ペンネーム弄りをするとまた怒られそうだけど、今の僕で面白くなりそうなフリはこれくらいしかできなかった。きっと岸本さんなら僕が困り果てた上で絞り出したと読み取ってくれるはずだ。
そして、昼休み終わりに「ダイ・アーリー先生も居眠りしないように」という岸本さんからメッセージが送られて来た。意図が読み取ってくれたのかはわからないけど、とりあえず花園さんから何も言われてないならこのやり取りは成功したことにしておこう。
岸本さんは普段から花園さんの独特な感じに対応していると考えると大変そうだけど、案外岸本さんから見たら僕が松永の相手をしている方が大変そうに見えたりするだろう。そんなこと思った1日だった。
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