10月30日(土)晴れ 清水夢愛の夢探しその5

 土曜授業となる日。教室内は気だるげな雰囲気……ではなく、妙に甘い空気が漂っていた。雰囲気ではなく本当に甘いお菓子の空気だ。僕は教室に来た時点ではそれがどういうことを意味するかよくわかっていなかった。


「産賀くん、おはよー」


「おはよう、栗原さん」


「それと……トリックオアトリート!」


「…………」


「あれ? 産賀くん、イタズラされたいタイプ?」


「いや、そうじゃなくて。何でいきなり……ああ、そうか!」


 その言葉を聞いてもすぐにピンと来なかったのは今日がハロウィン本番じゃなかったから……というのは言い訳だろう。少し前にカレンダーを見た時は月末がハロウィンだと思っていたけど、今日がその前日であることはすっかり頭から抜けていた。


「あはは、そういうことー まぁ、本当は明日だから別に持ってなくても仕方ないよねー ちなみに私はお菓子あるから言ってもいいよ?」


「そうなんだ。だったら……って、これはお菓子くれないでイタズラされるパターンでは……?」


「おお。鋭い読みだ」


 感心されてしまった。そんな読みは別に冴えなくてもいいのに。


「そんな産賀くんにはこれをあげよう」


「あ、ありがとう。また今度何か返すよ」


「あははー 3倍返しでお願いね」


 それは別のイベントなのではと思いつつも貰える分には嬉しいから何かしらお返しはしよう。そう考えながら改めて教室を見回すと、主に女子がお菓子を持ち寄って交換していた。バレンタインとの違いは恐らく持ち寄るものがチョコを指定してないくらいだろう。

 思い返すと中学の時はあまりお菓子を持ち込むことが良しとされなかったからこんな風にわかりやすくハロウィンらしいことはしていなかった気がする。無論、僕が気付いてないだけかもしれないけど、少なくとも今日はすぐにわかるくらいにはお菓子の匂いが漂っていた。



 それから午前中で授業を終えて、僕は部活がないからそのまま下校しようとしていた時だ。


「おっ、良助。ちょうどいいタイミングだ」


 今回は待ち構えていたのではなく、たまたま同じタイミングで校門に来ていた清水先輩に話しかけられる。


「お疲れ様です。何のタイミング……はっ!?」


 その瞬間、僕は朝の出来事を思い出す。今日この日でちょうどいいタイミングと言えばハロウィンのことに違いない。しかし、今の僕は朝と変わらずお菓子は持っていなかった(さすがに人から貰った物はあげられない)。そうなると……僕は清水先輩からイタズラされてしまうのか。


「か、覚悟はできてます……!」


「え? 何の?」


「できれば痛くない方向で……」


「……良助。熱でもあるのか?」


「そんなことはありません。さぁ、言ってください!」


「う、うむ。だったら言わせて貰うが……私、小説を書こうと思うんだ」


「すみません! お菓子は……へ?」


 完全に一人で話を進めていた僕は呆けた顔になる。


「文芸部の冊子に触発されてな。もしかしたら何か書くことが私のやりたいことかもしれない。そこで文芸部の良助に色々と聞いてみようと思ったんだ……良助?」


「な、なるほど。そういう話だったんですか」


「なんかちょっとテンション下がってないか……?」


「ぜ、全然そんなことないです。ただ、それなら僕よりもソフィア先輩に聞いた方がいいかもしれません。僕は文芸部に入ってから初めて書いた身なので」


「そうだったのか。うーむ、それならソフィアに聞いてみるか」


 何とか話の内容を飲み込めたけど、まさか清水先輩の興味がそっちに行くとは思わなかった。ミスコンの件といい、結構身近なことから夢を探していくつもりなんだろうか。


「ところで良助。さっきまでふわっとした感じは何だったんだ?」


「それは……ハロウィンの話をされるのかと思って」


「へー 今日ってハロウィンだったのか」


「いえ、正確には明日ですけど……その感じだとハロウィンに全然興味ないです?」


「うむ。そうか、どうりで今日はみんな気前よくお菓子をくれたんだな」


 直近のイベントには興味がないのは何とも清水先輩らしい。一方の僕は朝からハロウィンの空気に当てられてちょっと浮かれてしまったのかもしれない……いや、別にイタズラを期待していたわけじゃない。本当に。

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