8月1日(日)晴れ 清水夢愛との夏散歩

 夏休み12日目。夏休みに入ってから朝は8時半くらいまで寝るのが普通になってしまい、その日も昨日の夏祭りで疲れたことからぐっすり眠るつもりだった。でも、そんな今日に限って6時半という健康的な時間に起こされることになる。


 その原因は「良助、暇か?」というメッセージと5つのスタンプの通知音のせいだった。


「清水先輩……」


 まさか昨日の今日で暇つぶしに付き合わされるなんて思っていなかった。ただ、暇なことは間違いないので、僕は素直に返事を返す。


 それから1時間後の8時半頃。5月の初めに行った公園を集合場所に指定されたので、僕はそこまで歩いていく。そして、到着すると清水先輩は既に仁王立ちで待ち換えていた。


「おはようございます、清水先輩……」


「おはよう……なんだ、良助。もう疲れてるじゃないか」


「それは……この天気ですし」


 家から出る前はたまには朝から散歩するのも健康的で気持ちいいかもしれないと思っていたけど、実際歩き始めると夏の日差しは朝から容赦なく降り注いでいて、暑さと汗で爽快さはあまりなかった。


「いい散歩日和じゃないか」


「清水先輩は元気ですね……家から公園まで結構距離があるんじゃ……」


「そうだったかな? 全然歩ける距離だったぞ」


 けろっとした顔で返されてしまうと、単に僕の体力がないように思えてきた。今日に限らず夏休み中は散歩した方がいいかもしれない。


「それじゃあ、出発しよう」


「はい。ちなみに目的地は……」


「ない!」


「ですよねー」


 前に散歩とはそういうものだと言われた気がするから僕はそれに従うしかない。僕と清水先輩はあてもなく歩き始める。そうなると、何か会話を始めなければいけない。


「夏休み中はこの時間に散歩してるんですか?」


「毎日ではないがほとんどそうだな。家にいても特にやることはないし」


「じゃあ、課題は帰ってからやるんですね」


「なんでだ?」


「僕は朝にやるタイプなので」


「……私はそもそも課題やらないぞ」


「ええっ!? や、やらないって……?」


「私は夏休みの宿題なんて一度も提出したことはない」


 清水先輩は腕を組んで自慢気に言う。全然偉いことではない。えらい事態ではあるけど。


「それ絶対先生に怒られるんじゃ……」


「怒られたが……まぁ、怒られただけだ」


「本当に怒られただけですか? 内申点はともかく、進級に響いたりは……」


「うーん……長期休み中には補講へ行かされたな。先週も行ってた」


「先週も学校にいたんですか……こういう聞き方は失礼かもしれないんですけど、成績は大丈夫なんですか?」


「別に何とも。テストができてればいいだろう」


「ということは期末テストもできたんですね。ちなみに平均点は……」


「平均点? えー……90点くらい?」


「高っ!?」


「なぁ、良助。別に課題とか成績の話はどうでもいいだろう」


 清水先輩は退屈そうな顔をするけど、僕は清水先輩とこういう普通の話もしてみたかった。なにせ変な場面で偶然会うばかりだから日常的な清水先輩は未だによく知らない。


「すみません。じゃあ別の話……」


「いや、別に話題を変えろと言ったわけじゃなく……私の話より良助の話を聞かせてくれ」


「ぼ、僕の話?」


「私はこれまでは良助と偶然会って、その場のことを脊髄的に話してきた。だから、正直……良助自身のことをそんなに聞いてなかったんだ」


 そう言われてみると、どちらかと言えば今日のように僕が質問する方が多かった気がする。僕からすれば清水先輩は知らないことだらけの人だったから。


「私が今日誘ったのは……そういうのを反省したい意味もあったからだ。その……きっかけは変な出会いだったかもしれないが、私は良助と……ちゃんと知り合いたい」


 清水先輩が少し照れながら言った言葉は、それまでの僕と同じように清水先輩も僕のことを知りたくなったということなのだろう。それは桜庭先輩から今まで聞いた人や物でも時間が経つと飽きてしまう清水先輩にとって、大きな変化だと僕は勝手に思った。もちろん、僕としても凄く嬉しいことだ。


「そんなに面白い話はないですけど……」


「それでいい。じゃあ、まずは……生まれた時から」


「そのレベルまで遡るんですか!?」


「いいじゃないか。時間はいくらでもあるんだから」


 それから僕はおぼろげな記憶からつい最近の僕の話をしながらお昼前まで清水先輩との散歩を楽しんだ。それと同時に僕と清水先輩は偶然の知り合いから先輩と後輩、ひいては友達という存在になれたんだと思う。

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