7月10日(土)曇り時々雨 桜庭小織の気遣いその4

 残るは5教科を残して迎えた土曜日。明莉の方は中学の期末テストを終えてしまったので部活が始まり、僕は一人のテスト勉強タイムだ。なので、今日は空気を変えるために昼からお馴染みの図書館へ向かうことにした。


 期末テストの時期も被っているようで今回の読書スペースも学生らしき人達がペンを走らせている。僕は15時過ぎるまでその中に混じって勉強した。そして、一旦休憩しようと自販機のある休憩所へ行くと……


「産賀くん、こんにちは」


 桜庭先輩が以前と同じように休憩所の椅子に座っていた。いや、似ている状況とは思ったけど、まさか桜庭先輩に会うところまで再現されるとは思わなかった。


「ここに来れば会えると思ってたわ」


「えっ!? わざわざ僕を訪ねるために――」


「冗談よ。ちょっとだけ期待はしたけど、本当の目的はテスト勉強。ここの空気は何だか勉強しやすいから」


 ……ソフィア先輩から桜庭先輩の話を聞いたけど、冗談を言うタイプとは聞いていない。というか、そういうキャラなんですか。


「でも、せっかく会えたなら言っておくわ。夢愛との話は続行中よ」


「そうですか……」


「安心して。この前見せたような質問責めじゃなく、ちゃんと話をしているから」


「……なんだか楽しそうですね」


「そうかしら?」


 柔和な表情は変わらないように見えるけど、声は何だか弾んでいる気がする。一応、喧嘩の後の話し合いだから楽しいと言えるならいい雰囲気なんだろうか。


「産賀くんがそう感じるのは……たぶん一つは産賀くんが私を警戒していたからかな」


「そ、そんなことは……」


「そう? 私は産賀くんのこと警戒していたけど?」


 そのひと言でよくわからされた。僕は警戒していた桜庭先輩を警戒していたんだ。そして、今日のぶっちゃけ具合を見ると、本来の桜庭先輩はそんなことをしなくてもいい人に思える。


「じゃあ、もう一つは何ですか?」


「夢愛と喧嘩して話してるのが楽しいから」


「喧嘩が楽しいって……喧嘩するほど仲が良いってことですか?」


「それもあるけど、腹を割って話せてる気がしてね」


 つまりは桜庭先輩と清水先輩は今までそういう話をしてこなかったということか。だけど、僕も高校で知り合った大倉くんや本田くんはもちろんのこと、松永とも腹を割ってと言えるような話をしたことはたぶん一度もない。


「産賀くん、休憩時間がまだあるようだったら少し話していいかしら?」


「ええ、大丈夫です」


「ありがとう。そもそも私が産賀くんを警戒したのはこんなに長い期間、夢愛が興味を示す人がいなかったからなの。冗談かと思ったかもしれないけど、夢愛は本当に突然興味を示して、一瞬で興味を無くすような子だから」


「それは……小学生の時からですか?」


「そうね。少なくとも私が知り合った時にはもうそういう趣向だった。それなのにここ最近の夢愛は産賀くんの話を何回もするから……要するに嫉妬しちゃったんだ、私」


「し、嫉妬って……僕はそんな感じではなく……」


「わかってる。本当に偶然会って、夢愛の方から興味を示して話しかけた。でも、それを聞いたら、何だか羨ましく思って、それで2回ほど忠告させて貰った。結果、夢愛の方が話しかけるから、単に産賀くんを困らせるだけだったけどね」


 本当は気がかりだったけど、僕は「いえ、そんなことは」と言っておく。桜庭先輩はそれを少し笑ったので本当のところは読まれている感じがした。


「別に産賀くんじゃなくても、私はいつか夢愛に物申したくなっていたと思う。でも、夢愛が悪いってわけじゃなくて、踏み込めない私も悪かった。だから、産賀くんはいいきっかけになってくれたわ」


「それでも喧嘩したままは良くないと思います。清水先輩も……仲直りしたいと思ってますし」


「もちろん、仲直りはしたいけど……それで元に戻ったら意味がないの。私は……夢愛と本当の意味で友達になりたい」


 それは恐らく清水先輩も感じていることで……傍から見れば既に解決できているように見えるけど、ここ数ヶ月で関わった僕と数年間変わらなかった二人では感じるものは違うのだろう。


「小学生の時から見てきたから……私もいつか夢愛に飽きられると思って、それで踏み込めなかった。それが高校生まで続くなんて、本当に幼稚だと思うわ。単に”友達になろう”って言うのに何年かかってるんだが」


「幼稚は言い過ぎじゃないかと……」


「ただ、私は夢愛から言わせたいから自分では言わないことに決めてるの」


 幼稚……ではないけれど、清水先輩の中にあるそれに近い何かがこの話を平行線にしているのかもしれない。口が裂けても言えないけど。


「話を聞いて貰えてよかったわ。何せ他の誰かに話せる内容でもないから」


「いえ、僕もいろいろ疑問が解決したので良かったです」


「私がこんなにお喋りな人だとわかったとか?」


「それは……まぁ、少しは思いました」


 それと同時に今まではよっぽど強く警戒されていたことも実感した。こんなに気さくに話せる人なら話しておけば……と一瞬思ったけど、そもそも清水先輩と関わることがなければ絶対に話すことがなかった人だ。


「そうだ、産賀くん。連絡先教えて貰える?」


「えっ? 僕のですか?」


「別に今日みたく愚痴を聞いて欲しいとかじゃないわ。夢愛との話し合いが無事解決したら一報を入れてようと思って。ほら、何回も野島さんに呼んで来て貰うのは悪いし」


「わ、わかりました」


 僕と桜庭先輩はLINEを振って連絡先を交換した。清水先輩の連絡先を知らないのに、今日ようやく普通に話せた桜庭先輩とLINE交換するなんて、何だか妙な感じだ。しかし、このアカウントから連絡が来ない間は二人の喧嘩が終わっていないことがわかってしまう。


「それじゃあ、私はテスト勉強に戻るわ。お互い残りの期末テスト、がんばりましょう」


 軽く手を振って図書館の方へ戻って行く桜庭先輩を見送ってから僕はようやく本当の意味で休憩に入る。


 まさか桜庭先輩の方から色々話してくれるとは思わなかったけど、僕が敵じゃなくなったから話してくれたんだろうし、先週の清水先輩のように喋ることで何かしら整理したかったのかもしれない。


 でも、暫くLINEの連絡が気になるようにされたのは……桜庭先輩の気遣いと思っておこう。もちろん、いい意味で。

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