6月11日(金)曇り 岸本路子との交流その8

「おかげで追試は合格しました。ありがとうございます、産賀くん、ソフィアさん。それに……藤原さん」


 部活の日。岸本さんの数Ⅰの追試は無事に終わったようで教えていた僕らも一安心だ。特に最強の助っ人の名に恥じぬ藤原先輩の指導(低い小声)は聞き取りやすさは別として、僕も勉強になるレベルだった。これで部活の方もようやく通常通り……通常って何だっけ? そういえば部活のために買ったノートを最近は開いてすらいない。


「産賀くん、相談があるんだけど……」


 そして、今日も作業は進まないようだ。断る理由はないので僕が頷くと、岸本さんはゆっくりと口を開く。


「わたし……気になる人ができたの」


「……ええええええっ!?」


 僕は今年最大級の驚きで返してしまった。本田くんの時は我慢できたけど、さすがに岸本さんからそういう台詞を聞くと思わなかった。

 

 部室内の目が僕と岸本さんに集まると、岸本さんは僕が驚いてしまった理由に気付く。


「あっ! ち、違うの! その、恋愛的な話じゃなくて、友達になりたくて気になる子が……」


「あ、ああ……そういう」


 前々から思っていたけど、岸本さんは最初に言うことが言葉足らずになりやすいみたいだ。聞いてる方は変にドキドキするから困るけど、それを今言っては話の腰を折ってしまうので今日のところは黙っておこう。


「その子ってクラスが一緒の子?」


「ええ。席が近いというわけではないのだけれど、体育の授業で組んでくれたりしていて……でも、それ以外の時間は話せずにいて……」


 なるほど。僕は今のクラスだといつもの3人がいるからその機会はなくなっているけど、小中学校の時は組まされる際、高頻度で組むことになる同級生はいた。


「産賀くん、そんな距離間の人とはどうやって話せばいいと思う?」


 でも、僕がそんな相手と話せる人だったかと言われると……そうではない。岸本さんは僕を友達作りマイスターみたいに思っているのかもしれないけど、実際の僕は岸本さんと同じように話しかけるのに勇気がいるタイプだ。現に高校では岸本さん以外は受け身で友達になることばかりである。


 でも、僕の答えを頼りする岸本さんのために答え始める。


「一番いいのは教室の休み時間だとは思うけど、それが無理そうならそれこそ体育の授業のちょっとした時間で話すのがいいと思う。組んでストレッチする時とか」


「確かに教室はハードルが高いから……話す内容はどうしたらいい?」


「直近の話題だとテストどうだった的な話なら始めやすいかな。これまでも全く話してないんだよね?」


「お互いに体が硬いくらいなら……」


「そこから話題を広げるのは難しそうだし、まずは身近な話がいいと思う。テストの話したら普段の授業のことも話せて……」


 それから僕は自分の経験と周りのことを参考にした(主に松永)意見を岸本さんに伝えていく。入学してすぐの期間を過ぎた時の友達作りは、僕からすれば結構難しいと思うけど、まだ2ヶ月ちょっとしか経っていないと思えば、全然これからとも考えられる。用は気持ち次第なのだから、今のやる気に溢れる岸本さんなら良い結果に繋がるはずだ。


「僕から言えるのはこれくらいかな」


「ありがとう。すごく参考になったわ」


「いやいや。さっきまで話してたのは僕の意見よりも別の友達を参考にした意見が多かったから……」


「でも、教えてくれたのは産賀くんだわ」


 純粋にそう言ってくれる岸本さんに僕は少し照れてしまう。


「……産賀くん。わたし、今までのことでお礼がしたいのだけれど、産賀くんの好きなものってある?」


「えっ? いや、お礼なんてそんな。僕は大したことしていないし、いつか岸本さんを頼ることもあると思うから……」


 何だかデジャブを感じる岸本さんの言葉に、僕は同じような台詞で返す。


「そう……」


 しかし、そんな僕の態度に岸本さんは少し顔を伏せてしまう。しまった。遠慮のし過ぎはかえってよそよそしいやつになってしまうんだ。


「で、でも、……結構本が好きだから、おすすめの本とか教えてくれると嬉しい、かな」


 何とか絞り出した僕の言葉に、岸本さんが顔を上げると、なぜか今日一番輝く表情になっていた。


「それなら任せて! 次会うまでにはリストアップしておくから!」


「り、リスト?」


「そういう話ならわたしも少しは話せるから……あっ、現物はそれほど持って来られないかもしれないのだけれど、図書室で貸し出せるのもあるだろうし……とにかく、次までにはまとめておくわ」


 明らかに少し話せるとかじゃない熱量を感じる。文芸部に入るなら多少本が好きだと思っていたけど、まさかそこまでのものだったとは。このテンションでいけば意中のその子にも話しかけられそうな気もするけど……それはまた別なのだろう。


 とりあえず、僕はもう少し自分が好きなものをはっきり言える準備をしておこうと思うのだった。

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