第1話~異世界転移~

目を開けるとどこまでも澄み切った青空が広がっていた。


あれ・・?僕は確か滝つぼに飛び込んで・・。


そういえば、トレッキング用に着ていたTシャツやハーフパンツが濡れていない。


ふと手の中に温かさを感じると、空色の石を握っていた。


よかった。この石だけは無くしたくなかった。


この石の為に。――父さんやさくらとの大切な思い出や、誇りを無くしたくない。


その一心で滝つぼに飛び込んだのだ。


あってよかった。僕は心から安堵する。


だけど、一体ここはどこだ?もしかして天国?


身を起こし辺りを見渡すと、一面に広がる大草原。草や土、そこにかすかに混ざる花の匂いを、さわやかなそよ風が運び僕の頬をなで前髪を揺らす。


天国だとしたら神様とか天使がいないし、夢にしては随分リアルだ。


視界の遠くの方には山々が連なっている。テレビ等で見るアルプス山脈のようだ。


その山々とは別の方角にかすかだが、人工建造物のようなものが見える。


ただ、日本で見慣れたコンクリートやガラス製のものではなく、なんというかお城的な。


アニメやゲームでみる石レンガづくりで中世風の城壁的なものに見える。


ポケットを確認したところスマホが入っていたが、電源がつかずうんともすんとも言わなかった。


連絡をとれる人がこの場所を特定できれば儲けもの。


もしわからなくても、この場所の写真を撮ってSNSにアップしたら誰かが教えてくれるかもしれないと思ったが、その目論見はあっけなく失敗に終わった。


とりあえずここでこうしていても何も始まらないので、あの人工建造物の方に向かう事にした。



恐らく30分程歩いたが、一向に近づかない。


何も遮るものが無いので近くに見えたがかなり距離があるらしい。


しかし、先ほどよりは細かい部分も見えるようになった。


その人工建造物はどうやら大きな外壁のように見える。もしかしたらその中には街があるのかもしれない。


それと、こんなに距離があるのにここまで見えるという事はかなり大きな街だという事が推測される。


あそこに辿りつければ、今の僕のこの状況が何かしらわかるかもしれない。


自然と少し早歩きになり、街らしきものの方へ向かう。


しかし、更に5分ほど歩いた時にふいに何かの気配を感じる。


今までに感じた事のない殺気というか、首のあたりがちりちりとちりつくような嫌な気配。


その気配を感じる方に顔をむけると「グルルーッ・・!」と低いうなり声をあげながら犬が3匹こちらをにらみつけている。


いや、犬なのか?その体の大きさはシベリアンハスキーよりも一回り大きく、目は青ではなく、熟れたザクロのような赤い色をしている。


そして何よりも牙が鋭く太い。


・・狼型のモンスター。その言葉が一番しっくりくる。


あの牙で噛まれたりしたらひとたまりもないだろう。


――そんな僕の恐怖を感じ取ったのか、3匹が一斉に襲いかかってきた。


僕はとっさに考える。逃げてもこの何もないだだっ広い草原では確実に逃げきれない。


かといって戦っても勝てる気がしない。しないが、逃げるよりは可能性がある気がした。相手の体は大きいものの4足歩行の為、上背はこちらの方が高い。


牙が怖いが靴で守られている足で、うまい事動物の急所である鼻を蹴りつける事ができればひるんでくれるかもしれない。


1匹が戦意そう失して、まとめて3匹逃げてくれる事を期待し、僕はたたかう事を選択した。


――迫りくる3匹の狼型のモンスター。そのうちの先頭を走ってくる1匹に狙いを定める。


走ってくるスピードを計算して下段の蹴りを合わせようとする。


うん、大丈夫だ。怖さはあるが、小さい頃道場で見た父さんの踏み込みに比べたらなんてことのない速さだ。


蹴りの間合いまで残り3歩、僕は右足を後ろに引く。


残り2歩。右手を左側頭部の方に振り上げ蹴りのモーションに入る。


残り1歩。左の軸足で地面を踏みしめ右手を振り下ろす遠心力と体のひねりを使い、右足を上げ後は思い切り叩きつけるだけ!


間合いに入った瞬間に当たると思ったが、半瞬前に狼型のモンスターは大きく跳躍し、僕の顔面めがけて飛びついてきた。


下段を狙った僕の蹴りは空を切る。なんとか身をよじり、牙によるひと噛みは回避する事ができたが、肩口を爪で引き裂かれたようだ。


焼けるように熱い。――この痛みは紛れもなく本物だ。


大きく跳躍した1匹は僕の後方に着地。


蹴りの空振りを見て少し慎重になったのか、残り2匹は僕の前方で走りを止めて、威嚇するようにこちらをにらみつけている。


結果3匹に取り込まれる形になった。


グルルッという狼のうなり声と、牙の間から滴り落ちるよだれ。


肩の焼けつくような痛み。


まだ遠くだが、確実に迫りくる死の気配を感じて、皮肉にもここは天国では無く今はまだ生きているんだという実感が湧く。


くそっ!なんでこんな事に!不良のせいで滝つぼに落ちる羽目になり、なぜか草原に放り出され、今度は狼に傷つけられ殺されそうになる。


こんな理不尽な事あるか!


・・でも死んだら父さんに会えるのかな。さくらは僕の事なんてもう覚えてないだろうな。


などと現実逃避気味な事を考えていると、狼たちは容赦なく3匹同時に襲いかかってきた。


「ガルルーッ!!」


「グルァーッ!!!」


「ガウッ!!」


もうほぼ詰んでいる気もするが、せめて諦めたくはない。


あの雨の日以来、たたかう事なんてしてこなかったが、せめて最後くらいは父さんの教えを守って勇気を振り絞ってたたかおうと思う。


本当に小さい時だったが、さくらも英雄なんて言ってくれたしな。


せめて英雄らしく最後まで戦って散ろう。


前方から襲いかかってくる2匹のうち向かって右側の狼に狙いを定める。


先ほどのようにジャンプされたらまた攻撃を外してしまうので、モーションの大きい蹴りでは無く膝蹴りか、パンチもしくは肘での攻撃を狙う。


相手の動きを見極めようと構えていると、右足に激痛が走る。


後ろにいた1匹に右ふくらはぎを噛まれたのだ。


「ぐわーーっ!!!」


その痛みは凄まじく、涙で視界がにじむ。


ほぼ同時に左前腕にも鋭い痛みが走る。


・・・せめてこいつだけでも!左腕にかみついている狼の目玉を狙って攻撃しようと、自分の右手を刃物にみたてるように貫手の形を作り、左目に突き刺す。


「ギャンッ!?」


左腕に噛みついた狼は、思わぬ反撃に驚いたのか大きく後ろに飛びのいた。


1匹をはねのける事に成功した僕だったがもう1匹は僕の右わき腹に噛みついていた。


体の生存本能が生きる確率を上げる為に、痛みの感覚をシャットアウトしてくれていたお陰かすぐには気づかなかったが、これは致命傷になり得る。


まだなんとか動く両手でそいつの両耳をつかみ引きちぎろうと試みる。


「グルァーッ!!」


ダメージを与える事に成功はしたが、あまりひるむ様子は無い。


それどころか余計に怒らせてしまったように見える。


右脚には相変わらず最初の1匹が噛みついている。


そいつの眉間めがけて右の拳を思い切り打ちおろす。


多少の手ごたえは感じるが、体勢が不十分な為に大したダメージは与えられない。


そうこうしているうちに、脇腹に噛みついていた1匹がもう1度とびかかってきて今度は肩に噛みついてきた。


「うぐぁっ!」


再度、強烈な痛みを感じる。


そのまま飛びついてきた勢いに負け、後方に倒れる。


・・あぁ、これは死ぬな。


17年間の短い人生だったが、それなりに楽しい人生だったのかな。


父さん、もうすぐそっちに行くよ。


でも母さんを1人ぼっちにさせてしまうのは心苦しすぎるな。


さくらにもう1度でいいから会いたかったな。


彼女とかもできないままで終わっちゃうのか僕の人生。


くっそ・・!まだ死にたくない!


――まだ抗ってやる!


かかとで押し出すように狼を蹴りとばす、更に別の狼に左右の手で交互に打撃を加えるが、倒されている為にまともにダメージを与えられない。


なんとか抵抗を続けるが、やがて徐々に体が重くなる。


視界には獲物が弱って勝ちを確信したかのように、ゆっくりと近づく狼。


気のせいか、その口元は笑っているようにも見える。


そして僕の首元を狙っているとはっきりわかる。


――終わった。


せめて最後は狼のアギトを見ながら死ぬのではなく、素敵な光景を思い浮かべて死にたいと思い目をつぶる。


最後に思い浮かべた光景は、白を基調として石造りの建材で植物の緑が映えている、そこにステンドグラスからの光が差し込む教会。


そこで僕とさくらは結婚式を挙げていて、父さん母さんや友達に祝福されているというものだ。


これが僕の願望だったのかな、でも悪くないな。なんなら最高だ!


そろそろ走馬灯のボーナスタイムも終わりかな。


そして最後の瞬間が・・・


――やってこなかった。


いつまでもやってこない痛みを、不思議に思いつつ恐る恐る目を開けた。


するとそこに狼たちの姿は無かった。


代わりにそこに立っていたのは、1人の青年だった。


真夏の太陽のように眩い金髪と少し焼けた肌。目つきはややたれ目だがとても強気そうで自信に満ち溢れている。


大きく胸元のはだけた赤いシャツと、黒地に金の刺繍がはいった薄手のロングコートを着崩し、足元は鈍く黒光りする甲冑のようなブーツを履いている。


そして、腰にはひとめ見て業物とわかる一振りの刀。


まじまじと眺めていると青年が勝気な笑みを浮かべ、こちらを見やりながら口を開いた。


「――おう。大丈夫か少年。」

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