反逆の異世界おつかい士は侵略されたリアル世界でも英雄となる

梧桐将臣

プロローグ~雨の日の冒険①~

雨が木々にたえまなく降り注ぐ音や、時折ぽつんっと傘にぶつかる葉の先から落ちてくる雫の音、自分の履いた長靴が水たまりを踏み広がる波紋。


僕は朝日奈蒼空あさひなそら。小学3年生だ。夏休みが徐々に近づいてきている事を感じさせる、7月の雨の中下校している。


「そら君~遊ぼ~!!」と後ろから元気な声で叫びながら、水や泥が跳ね返る事も気にせずにぴちゃぴちゃと足音を立てながら走ってくるのは同学年で幼馴染の夜神咲良やがみさくら

明るく太陽のように弾ける笑顔で、誰からも好かれる近所や学校でも評判の美少女だ。


さくらは走る勢いそのままにランドセルへとぶつかってくる。


「うわっ!いてて!やったな!」


水を蹴り上げるように、長靴についた水をさくらへ飛ばす。


「あははっ。くらえー!ひっさつ雨バリアー!」


さくらも負けじと傘を閉じて開く勢いを利用して水を飛ばしてくる。


挨拶がてらに水をかけあった後に僕は聞く。


「遊ぼうって言ったって、こんなに雨降っていて何すんのさ?」


「えー。わかんない。ぼーけんしようよ!ぼーけん!」


さくらは顔に跳ねた泥がついているのも気にせずに、まっすぐに笑いかけてくる。


「ぼーけんか!いいな、ぼーけん!よし!ぼーけんしよう!」


「わーい!ぼーけん!ぼーけん!」


冒険という響きは小学3年生の僕らにとってはとても魅力的で、雨の日の冒険をする事になった僕とさくら。


そこで僕は神社にたぬきが住み着いているという噂を思い出す。


「よーし!さくら。たぬき見にいこーぜ!」


「たぬき?人に化けるやつ?楽しそう!いこーいこー!」


ふたりで7月の雨の中を駆けながら神社に向かう。



神社の境内は7月にも関わらず空気がひんやりとしていて、まるでそこだけが別世界のようだ。


「たぬきさんいるかなー?」


さくらが境内を見回しながら言う。


「うーん。とりあえず雨宿りできそうな場所を探そうぜ!たぬきは濡れるの嫌いだろうからな。」


「うん!たぬきさん風邪ひいてないといいね。」


さくららしい優しい言葉だなと思いながらも、少しまゆげを下げる心配そうな表情を見て、いるなら早くたぬきを見つけなければと思い直す。


雨宿りできそうな場所と言えば大きな木の下か、お社の軒下ではないかと当たりをつけ、まずは木の下に向かう。


「ここにはいないかー。」


「うん。いないねー。」


たぬきがいなかった事に少しがっかりしつつも、次の候補場所であるお社の軒下にさがしへ向かう。


ふたりでお社へ向かうと、お社の裏手の方からなにやら騒がしい声が聞こえてきた。


「おーい!でてこいよー。」


「なんか棒もってこい!棒!」


「モンスター退治だー!」


何か嫌な予感を感じ、急いでお社の裏手に駆け付ける。

そこにいたのは、5年生の天道光てんどうひかるを中心としたいじめっ子3人ぐみと軒下で身を守るように丸まり小さく震えているたぬきだった。


「あー!たぬきさんいじめちゃだめー!」


さくらがその光景を見てすぐさま天道たちに全く物怖じする事なく叫ぶ。


「あー?なんだよ。お!さくらちゃんかー。これから神聖な神社に住み着いた悪いモンスターを退治するとこだから邪魔しないでくれよ。」


「そうだ、そうだー!邪魔すんなー!」


「光君さすがだわー!かっけー!マジ勇者!」


天道が悪びれもせず言う。それに従って周りも勢いにのってはやし立てる。


「そのたぬきは怖がっているだけじゃないか!何がモンスターだ!3人がかりで弱いものいじめをしてひきょうだぞ!」


「おー。怖い、怖い。さくらちゃんの前でかっこつけたいのかなぁ僕?それともお前もモンスターの仲間かなー?さくらちゃんもそんなやつと遊んでないで一緒にモンスター退治しようよー。」


「・・・!」


僕の言葉も全く聞くようすも無くただばかにしてくる天道と、ぎゅっと唇をむすんで天道達をにらみつけるさくら。


「おい。とりあえずそのモンスターひきずりだせ!」


「らじゃー!」


天道の命令でいじめっ子グループの中でもいちばん体の小さいやつが、軒下に潜り込む。


「いてっ。こいつひっかきやがった!くそっ。」


たぬきにひっかかれたのか、毒づきながらもたぬきを軒下からひきずりだす事に成功するいじめっ子。


「光くーん。人間を傷つけようとする悪いモンスターを捕まえましたー!」


いじめっ子はたぬきの首根っこあたりを右手で掴みぶら下げるように持ち、左手で敬礼のようなポーズをしながら言う。


たぬきは身を必死によじりながら逃げようとしている。


「やめろ!はなせ!」


「はなしてあげてよー!かわいそうだよー!」


僕は気付けば傘をさす事も忘れ、両手を力いっぱい握りしめながら叫んだ。


半歩後ろで叫ぶさくらは悲痛に耐えるように表情を歪ませ、その大きな目の端には涙が浮かんでいた。


「嫌だね。俺に傷をつけたんだ、ただじゃおかない。ねー、光くん。このモンスターどうするー?」


「そうだな。人間を傷つける悪いモンスターだからな。お!ちょうど傘もあるし正義の一太刀をおみまいしてやるか!」


そう言うと天道はいじめっ子の傘を拾い、傘の切っ先を地面にこすりつけながらたぬきをぶら下げているいじめっ子の方に向かう。


「やめて!だめ!」


さくらは持っていた傘を投げ捨て走り出し、手を大きく広げ天道の前に立ちふさがった。


「さくらちゃんー。邪魔しないで俺のモンスター退治大人しく見ていてくれよ。おい!おさえとけ!」


「はーい。さくらちゃんいい子だから一緒に勇者のモンスター退治を応援しようよー。」


「やめてよー!はなして!たぬきさんの事なんでいじめるの!?そら君たすけて!」


天道から命令されもう1人のいじめっ子がさくらを後ろから羽交い絞めにする。


必死に逃げようとするたぬきと、薄ら笑いを浮かべるいじめっ子たち、羽交い絞めにされながら泣き叫び僕に助けを求めるさくら。


助けたいけど僕の力で5年生3人相手に戦って勝てるだろうか。


――怖い。


負けたら目の前で何もしていないたぬきが、理不尽に暴力を振るわれ痛めつけられてしまう。


根が優しいさくらの事だ、心底悲しむだろう。


そんな悲しむさくらの顔を見たくない。


その時ふと、脳裏をよぎったのは道場でいつも豪快に笑いながら話す父さんの教えだ。


『本当に強い男ってのは、誰よりも人に優しくできるやつだ。困っている人がいたら手を差し伸べろ。弱いものいじめをするやつがいたらよ。そいつがどんなに怖くても立ち向かうんだ。』


――父さん、僕戦うよ。父さんみたいに強い男になるよ。


たぬきは必ず助け出す!


――さくらは僕が絶対に守る!


そう強く決心し僕は雨の中を全速力で駆け抜ける。


ゆっくりと歩く天道と、さくらを羽交い絞めにしているいじめっ子の横を通り過ぎる。


そのままたぬきを捕まえているいじめっ子の元へと距離を詰める。


僕の接近に気付き、まぬけな顔でこっちを見ているいじめっ子のみぞおちを狙い、渾身の右ストレートを叩き込む。


「ぐえっ!!!」


かえるのような声を出すと同時に体をくの字に折り曲げるいじめっ子。


続けて、低くおりてきたいじめっ子の顔面を下から掌底で突き上げる。


「びでぇ―!!ヴぉのやどー!!!!」


下から顔を突き上げられて大きくのけぞるいじめっ子。鼻のあたりを抑えながらなにやらわめいている。


その隙にたぬきは無事に逃げる事に成功していた。


軒下に怯えるように逃げ込むたぬきの姿を確認すると、僕はくるりと反転しさくらを羽交い絞めしているやつへと向かって駆けだす。


「ひっ!くるなー!!」


いじめっ子の言葉を無視し、走っている勢いを使って大きく跳躍。


さくらの頭2個分くらい高いいじめっ子の側頭部を狙い、空中で横に1回転して遠心力をフルに利用した回し蹴りをお見舞いする。


道場で父さんに教えてもらった、とっておきの技だ!


クリーンヒットしたらしく右後方に大きくふっとぶいじめっ子。


「いてー!ちくしょー!!なんなんだよこいつ!ぼうりょくはんたい!」


2学年下の僕のこうげきではふたりとも倒せる訳はなかったが、戦意をそう失させる事には成功したようだ。それにしてもいざ自分がやられるとぼうりょくはんたいとは、本当にどうしようもないやつらだ。


「うわーん!!!そら君―!!たぬきさん助けてくれてありがとー!」


「うん!さくらも無事でよかった!痛いとことかはない?」


「わたしは全然だいじょうぶだよ!そら君ありがとう。」


手を広げ走りながら、そのままさくらが抱き着いてくる。


僕もさくらもお互い髪も服もびしょびしょだ。


少し気恥ずかしさを覚えながらも、さくらの体温の温かさを感じてほっと安心する。


――頑張って戦ってよかった。


「おーい。なんかいちゃついているとこ悪いんだけど、おまえ何してくれてんだよガキ。いくらさくらちゃんの前だからってかっこつけすぎじゃね?」


そうだ、まだこいつがいた。天道光てんどうひかる


たぬきは逃げて、いじめっ子2人も戦う気を無くしているのに何がしたいんだ。


「ターゲット変更―!姫をさらおうとする悪いゴブリン退治―。さくらちゃん~?今助けてあげるからね~。」


だめだ。まともに会話が通じる相手じゃない。しかもゴブリン扱い・・。


どうあっても弱いものいじめをしないと気が済まないようだ。


相手はいじめっ子3人組の中でも特に体格がよく、リーダー格の天道。


こいつがいる限り、たぬきも僕もいじめられてしまうかもしれない。


――僕はさくらとそっと体を離し、黙って傘を拾いあげ天道に向けて傘を構えた。

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