4.

 一方、その頃。天正家にて――……。


 時代劇ドラマに耽っていた牡丹だが、しかし。見終わるや否や、いつの間にか寝扱けていた。


 ふと目が覚め上半身を起こし上げると、ちらりと時計を眺める。



「げっ、もうこんな時間か。ちょっと寝過ぎたな……って、随分と外が荒れて来たな。予報では、台風が来るのは明日だって」



 言っていたのにと、思い返した直後。急に外が明るく光った。続いて轟音が鳴り響くと同時、家中の電気が一瞬の内に全て消える。



「うわっ、停電だ! 近くに雷でも落ちたのか?」



 突如真っ暗になった室内に、タイミングが良いのか悪いのか。単調な音楽が流れ出す。



「あっ、藤助兄さんから電話だ。もしもし、はい、はい。えっ、帰れなくなったって……。はあ、この天候ですもんね。

 えっ、こっちですか? それが停電しちゃって。懐中電灯なんですけど、和室のタンスの中ですか? ちょっと見てみます。ええと……、あっ、あった、ありました」



 牡丹は電話を切ると、懐中電灯のスイッチを押す。



「うん。ちゃんと点くし、ひとまずこれで電気は確保できたな。あとは夕飯か。ガスは点くからどうにかなりそうだけど、問題は食べるものがあるかどうか……」



 牡丹は懐中電灯の明かりを頼りに、冷蔵庫を開けて中を確認しようとする。だが、ふと傍らに人気を感じた。


 そちらにライトを向けると、暗闇の中に、ぼやっと怪しげに輪郭が浮かび上がった。



「うわっ、なんだ。菊、いたのか。びっくりしたあ。

 兄さん達、この天気で帰って来られないから、今日は学校に泊まるってさ。それで夕飯なんだけど……って、おい、どこに行くんだよ」


「どこって、お風呂。さっき沸かしておいたから。いつ電気が回復するか分からないし、冷めない内に入っておかないと。兄さん達がいないからって、覗いたりしたら絶対に許さないから」


「なっ……、誰が覗くかよ!」



 牡丹は咄嗟に否定するが、菊は疑いの目をしたままだ。牽制とばかりに鋭く睨み付ける。


 それから、牡丹の手から懐中電灯を奪い取ると、そのまま浴室へと向かい出す。



「あっ、おい……。

 なんだよ。懐中電灯だって、俺が出して来たのに!」



 せっかく確保したばかりの電灯を失った上に、相変わらずの妹からの信用のなさに。牡丹はむすりと眉間に皺を寄せるが、ふとある事実に気が付いた。



「あれ。道松兄さんに梅吉兄さん、藤助兄さんに菖蒲も確か学校に行っていて。桜文兄さんは道場の合宿で、芒もそれに付いて行って今日は帰って来ないはずで。と言うことは、もしかして……」



 いや、もしかしなくても。



(菊と二人きり……?)



 なんて。たとえそうであったとしても、何かある訳ではないかと。


 容易に判断を下すと、牡丹はスマホのライト機能を使って、何か手頃なものはないかと、冷蔵庫の中を漁り出す。


 すると、不意にピンポーンと甲高い音が響き渡った。



「こんな天気の悪い日に、一体誰だろう。宅配便かな」



 宅配業者も大変だなと同情しながらも牡丹は玄関先に出る。


 けれど。



「……って。なんだ、萩かよ」



 相手の顔を見るなり、牡丹は思い切り顔を歪ませる。



「一体何しに来たんだよ?」


「何しにって、全然電気が回復しなくて家の中は真っ暗だし、スマホの充電もあまり残ってないんだ。無駄遣いできないし、しばらく休ませてもらうぞ」


「休ませてって……、おい、ちょっと」



 待てよと静止を求める牡丹の声を聞かず、萩は若干湿っている靴を脱ぐと、勝手に中へと上がる。そのまま、リビング……ではなく、なぜか奥へと進んで行く。



「おい、どこに行くんだよ」


「トイレだよ、トイレ。ちょっと借りるぞ」


「全く……」



 仕方がないとばかり、牡丹は一人先にリビングに入る。



(あれ。そう言えばアイツ、トイレの場所を知ってるのか?)



 どうなんだろうと、首を傾げさせた瞬間。バッシャーンと、奇妙な音が奥から聞こえて来た。



「おい、萩。何をやってるんだよ……って、なんで全身ずぶ濡れなんだ? それに、トイレはそっちじゃないぞ。ここは浴室で……って、まさか」



 牡丹はじとりと目を細め萩のことを見つめるが、反対に萩は牡丹のことを睨み付ける。



「どうして異母妹が風呂に入ってると、先に言わないんだ!?」


「どうしてって、お前が勝手に歩き出すからだろう。それに、まさか風呂を覗くなんて思わなかったし」


「人聞きの悪い言い方をするな! 覗いたんじゃない、トイレと間違えただけだ!」


「そんな言い訳、菊に通じる訳がないと思うけどなあ。それで、その……、見たのか?」


「見てねえよ! あの女、湯船に浸かっていたし、それに、体にはがっつりタオルを巻いていたんだ。なのに、どうしてお湯をぶっかけられないとならないんだよ!」


「そんなの俺が知るかよ……って、濡れてるんだから動き回るなよ。家の中を汚したら、藤助兄さんに怒られるだろう」



 ぎゃあぎゃあと騒いでいる間にも、浴室の扉が内側から開く。中からは、仏頂面を引っ提げた菊が出て来た。


 彼女は、鋭く萩のことを睨み付ける。



「……変態」



「紅葉に言い付けてやる――」と。ぼそりと呟いた彼女の囁きを、萩は決して聞き逃さなかった。先程までの強気な態度は、その一言により一変し、萩はすっかり収縮してしまう。


 それだけは勘弁とばかり、萩は単純にも。不機嫌面を浮かばせている菊を前にして、一瞬の内に白旗を振らずにはいられなかった。

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