第16戦:異母妹と二人きり……?な件について

1.

 学祭も無事に終わり、その日の天正家にて。夕食時。


 台所から、はあと辛気臭い息が聞こえる。その音に、牡丹は首を傾げさせる。



「藤助兄さん、どうしたんですか? なんだか落ち込んでいるみたいですが」


「ああ、クラス企画のカレーが完売しちまったからだろう」


「えっ。完売したなら良かったじゃないですか。それのどこが残念なんですか?」


「それが、売れ残った分はもらえる算段になっていたらしいんだ」


「ああ」



 そういうことかと、道松から事情を聞き。酷く落ち込んでいる四男を眺めながら、牡丹はすんなり納得する。


 その横で、梅吉はやや呆れ顔で、

「あんなに戦利品をもらっておいて、まだ欲しがるなんて。アイツも存外貪欲だよな」

と、部屋の隅に置かれている紙袋の数々に目をやりながら、溜息混じりに後を続ける。



「なんですか、あの紙袋は」


「なにって、女装コンテストの時の賄賂品だよ。

 そう言えば、牡丹。お前、結局一度も顔を見せなかったよな。それなのに、ちゃっかり優勝までして」


「ちゃっかりって……。別に俺がどうこうした訳じゃないじゃないですか。周りが勝手に決めたことで、俺だって好きで優勝した訳ではありません。

 ていうか、そもそも顔さえ出してないのに、どうして選ばれたのか。俺自身疑問なんですけど」


「そりゃあ、インパクト勝ちだろう。女装コンテストで公開告白なんて、前代未聞だったからな。

 あーあ、おかげで俺の三年連続優勝という記録がパーだ。でもなあ。たとえ顔見せしていても、これだもんな」



「ますます敵わないか」と梅吉は、まじまじと紙切れを眺めながら素直に負けを認める。


 が。



「あの、梅吉兄さん。その手に持っているのは……」


「んー? なにって、写真だよ、写真。牡丹の花嫁姿の」



 ぴらりと手に持っていた写真を見せびらかす梅吉に、牡丹は勢いよく立ち上がる。



「ギャーッ!?? どうして兄さんが写真を持っているんですか!?」


「どうしてって、宮夜ちゃんにもらったからだよ」


「本郷のやつ、いつの間に……! その写真、返して下さい!」


「返せって、俺がもらったもんだぞ」


「そんな屁理屈は結構なので、早く返して下さいよ!」



 どったん、ばったんと写真を巡り、突如攻防戦が勃発する。


 その騒がしい音に、台所から藤助が出て来て、

「ちょっと、二人とも。家の中で暴れないでよ。せっかく念入りに掃除したんだから」


「そんなこと言われても……。よし、取った! ……って、あれ。これ、藤助兄さんの写真だ」


「えっ、俺の写真って……。牡丹、ちょっと貸して!

 げっ、本当だ!? どうして梅吉が、こんな写真を持ってるんだよ。お前だってコンテストに出てたじゃないか、いつの間に撮ったんだよ!?」


「いつの間にって、そんなの、写真を撮った子からもらったからに決まってるだろう」


「決まってるって……」



 藤助は、わなわなと肩を小刻みに震わせて、持っていた菜箸を放り投げる。



「没収――っ!」



 こうして藤助も加わり、ますます壮絶とした戦いとなる中。ふとリビングの扉がゆっくりと、外側から開いていった。



「相変わらず我が家は騒がしいなあ」



 仕方がないとばかりの苦笑いに続き、沈着とした声が騒然としていた室内に響き渡る。


 その声音に藤助の動きはぴたりと止まり。そのまま、ぐいと梅吉を押し退けた。



「天羽さん! おかえりなさい。すみません、騒々しくて」


「いや、元気そうでなによりだよ」


「そうですか? でも、聞いていた時間より、随分と早かったですね」


「一本早い新幹線で帰って来られたからな。ほら、お土産だ」


「わあっ、八つ橋ですか。ありがとうございます。食後にいただきますね」


「食後にって、もしかして、まだ夕飯を食べてなかったのか?」


「はい。今日は学園祭だったので、みんなさっき帰って来たばかりなんです」


「そうか、学園祭か。

 おっ、梅吉が持っているのは写真か。どれ。私にも見せてくれ」


「えっ!?」


「なんだ。私には見せてくれないのか?」


「いえ、そう言う訳では……」



「ありません」と、しどろもどろに。藤助は梅吉の持っている写真の束をちらちらと盗み見ながらも、どうにか後を続けさせる。どうするものかと迷いあぐねている傍ら、けれど、梅吉が横から身を乗り出して、

「ほら、じいさん。写真だ」


「ちょっ……!」



 藤助が結論を出すより先に、梅吉は天羽へと写真を手渡す。


 そんな彼を表面上はにこにこと、しかし、心の中では思い切り睨み付けながら。藤助は声を潜め、

「梅吉。分かっているとは思うけど、今日の夕飯……」


「おい、おい。ちょっと待った。お前の写真は、全部抜いておいたぞ」


「えっ。……本当?」


「本当だって。この俺に抜け目はないぜ。だから安心しろよ」



 こそこそと二人の間で遣り取りがなされている横で、牡丹だけは恨めしげに。まだ回収し切れず天羽の手へと渡ってしまった写真に思いを馳せた。



「天羽さん、夕飯ですが、できるまでもう少し時間がかかりそうで。どうします、先に呑みますか? おつまみならすぐに出せますが……って、天羽さん?」



 藤助が問いかけるが、なぜか返事はない。天羽の瞳は、じっと写真を見つめたままである。


 一寸の間を空けさせてから、藤助はもう一度口を開く。



「天羽さん? ……天羽さん!」


「え……」


「あの、どうかしましたか?」


「いや、なんでもない。えっと、今、なんと言ったんだい?」


「いえ。夕食ができるまでもう少し時間がかかるので、先に呑みますかって……」


「そうだなあ。それじゃあ、先にいただこうかな」



 天羽は写真を梅吉に返すと、そのままソファに座り込む。膝の上には芒を乗せ、受け取ったばかりの缶ビールに早速口を付ける。


 その様子を藤助は不審な目で眺めていたが、すぐに台所へと引っ込み。菜箸を握り直して、焦げかけていた肉を急いでひっくり返した。

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