4.

 きらきらと、顔を出したばかりの朝日に照らされながら。手錠で繋がったままの道松と梅吉は、どうにか三年の教室の前に辿り着く。


 けれど。


 道松は二組、梅吉は三組。問題発生。


 すたすたと三組の教室に向かう梅吉に、道松は、

「ちょっと待て」

と声を上げる。



「どこに行くつもりだ?」


「どこって、俺のクラスに決まってるだろう」


「何を言ってるんだ。俺のクラスに行くに決まってるだろうが。大体、誰の所為でこんなことになったと思うんだ」


「はあ? なんで俺が、お前のクラスで授業を受けないとならないんだよ」


「お前なんか、どうせ一日中寝てるんだ。どこで授業を受けても一緒だろうが!」



 教室を前にして、道松と梅吉はバチバチと火花を飛ばし合う。だが、入ってしまったもの勝ちだと即座に判断すると、二人はそれぞれ自分の教室に向かって一斉に飛び出した。


 けれど、互いの手は手錠で繋がれたまま。手錠の鎖部分がぴんと張り詰め、すぐにもその場から一歩たりとも動けなくなる。



「俺のクラスだーっ!」


「いいや、俺のクラスに決まってるだろうがーっ!」



 二人揃って足に力を込め、一歩でも前に進もうと足掻くけど、お互いにそれ以上進むことはできない


 無駄なせめぎ合いが続けられる中、この騒ぎに気付いた藤助が駆け付ける。



「ちょっと、二人とも。何やってるんだよ!?」


「藤助! だって、道松が……」


「それを言うなら、この馬鹿がっ……!」


「もう! こんな状況なんだから、どっちかが折れなよ。そんなことをやってたって、埒が明かないだろう」


「それじゃあ、こういう時は、普通、お兄ちゃんが折れるものだよな」


「何を言ってる。年功序列でお前が折れろ!」


「あーっ、もう! ジャンケンで決めなよ、ジャンケンで!」



 こうして藤助の提案の元、勝者となった道松の教室に二人は連なり入って行く。



「ったく。どうして俺がこんな目に遭わないとならないんだ。しかも、選りにも選ってこんなやつと……」



 一限の授業が始まり、道松は黒板を眺めながら溜息を吐く。


 それでも気を取り直し、ノートを取ろうとするけれど。



「ん……? なんだか左手が重いような……って、おい。起きろ、馬鹿」



 道松は、ぐいと左腕を自身の方へと引っ張る。すると、梅吉の頭の下から彼の右手がすぽんっと抜けたが、梅吉の頭は自然と下がり。そのまま、ごんっ! と、机にぶつかった。



「いってーっ!」



 梅吉の喉奥から、盛大に声が漏れた。



「おい、いきなり引っ張るなよ! 痛いじゃねえか」


「うるさい。寝てるお前が悪い。よくも人の腕を枕にしてくれたな……!」


「けっ、誰がお前の腕なんか枕にするかよ。自意識過剰だなあ。俺は自分の腕を枕にしたんだ」


「現に俺の腕に、お前の腐った脳味噌ばかりが詰まった頭が乗っかってたんだ!」


「誰の脳味噌が腐ってるって!? お前こそ、そのカッチカチの石頭をどうにかした方が良いんじゃねえか? だから、ええと……、なんだっけ? 『迷惑罪で逮捕だ!』だっけ? そんな面白味のないことしか言えないんだよ。

 ぷぷっ。なんだよ、迷惑罪って……」


「てっめー!! もう絶対に許さねーっ!」


「おい、天正兄弟。うるさいぞ、静かにしろ。四男、早く二人を止めろ」


「ええっ、なんで俺が……」



 一限の授業が始まってから、僅か十分と経たぬ内に。早速兄弟喧嘩が勃発した。


 先生からの名指しに、藤助は理不尽だと思いながらも、

「二人とも……。いい加減にしないと、お弁当没収するよーっ!!」

と、ここぞとばかりに伝家の宝刀を振り回す。


 彼のその一言によってその場は収まったものの、二人の喧嘩はこれで終わることなど決してない。この後も幾度に渡って繰り広げられ、その度に藤助にまで被害が及んだことは言うまでもないだろう。

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