第36話 再建と新たな歴史

 女神として神託をだしたリタイは人々の前から姿を消した。人間の姿をする必要もなくなったからである。リタイと怪物討伐について話し合いをしたゴルギアスやその場にいたダフネも神託を受け、女神の言葉を受け入れた。


 両国の復興は始まったばかりだ。


 まずゴルギアス国王はパルネス国を同盟国とし、地下組織を代表に暫定政権を置いた。将来的には一つの国を目指すものだった。そして、さんざん頭が固くて自らやろうとしない大臣全員に嫌がらせ半分の感謝状を出し即日罷免した。これも渚の夜伽話で、すべての一定の年齢に達した人々が政治に参加することができる社会を作ろうとしてのことである。


 両国の進んでいるところが互いに取り入れられ、パルネス国に水道と下水道システムが急ピッチで進められた。これは水道のプロである渚が夜伽を務める毎にゴルギアスに話したことがきっかけだった。渚はパルネス国の水道・下水道システム構築のために水の加護の力と青龍をはじめとする龍神を使い、計画にのっとり工事を指揮した。

 医療についてはパルネス国側がゾーマ国の医師や看護師を指導することとなった。これについてゴルギアスは専門の学校と病院を作り、より高いレベルでの治療や回復を目指した。

 そしてパルネス国のゆがんだ教育を是正するべく、学校の教育内容を再考し、新たな教育課程が組まれた。両国の正しい歴史と地理を学ぶことが相互の理解につながるからである。それはもっともゾーマ国に敵意をむき出しにしていたあの王立白百合学園から実践されることになった。戦争で多くの職員や上級生が亡くなり、優秀な生徒の育成が急務だったからである。そこにあのティマイオスが教師として働くことになり、これには大地も驚きだった。


「まさかその若さで教師になってしまうとは」

 大地が喜びながらも笑いを隠せないでいるとティマイオスは

「うん、僕もまさかとは思ったけど試験を受けたらとおったよ。見てくれは大学生のティマイオスだからね。まあ、ソポスとしての記憶があるわけだから白百合学園でもやっていけると思う。頑張るよ」

 と昔から大地以上に無鉄砲なところを見せた。

「そうか、ソポスの記憶も元通りか。やはりリタイがやった術だけのことはあるな……でもそれはあからさまにしない方がいいよな、誤解を生む」

 

 実は精神が壊れたソポスを蘇生するためリタイがかけた術は中途半端だった。神も人間の姿のときは全力というわけではないのである。ティマイオスは確かに容姿はティマイオスになったが、ソポスの意識も時間がたつにつれ少しずつ戻り、今では大地たちと同様というわけだ。救いだったのはソポスの意識も正常に回復したということ。これもリタイの加護なのかはもはやわからない。違うのは前世の姿で前世の人間として生きていくのに対し、大地たちは前世は記憶にとどまるという点だ。 


 和音はひたすら音楽に徹してる。この世界にはなかった管楽器をいくつか開発し(それは元の世界の再現だが)広めている。そしてハンマーフリューゲルを練習し、曲を弾いて復興作業につかれた人々を癒していた。それだけではなく、興味を持った人々と一緒に練習をし、新たな奏者を生み出すのを手伝っていた。あれだけ内気でものおじしていた和音も生まれ変わったように人とコミュニケーションをとり、かかわっている。これはこの世界での数々の生活の中で培われたものだ。なによりそれは大地とのかかわりが大きかった。どんなときも精神的に支えた大地は今や和音の心にしっかりと根付いている。


 剣斗はもともと体育系の大学生だったので白百合学園の生徒と様々な器械運動や競技を考え、復興活動の合間にあの日本の学校の体育イベント『運動会』を開催したのである。これには市民も見学したりともに参加をしたりし、祭りのように賑やかな一日となった。シェーンベルク校長も大喜びで、毎年開催を決めたほどだ。そのさい剣斗が紹介したのは、学生も市民も参加できる『体操』というものだった。和音のハンマーフリューゲル伴奏で体操イベントまで行われた。ゴルギアスは全国民の健康保持のためにこの体操を取り入れたいと考え、自治体や学校ごとに周知に努めた。

「音楽が鳴ると自然に体が動くこの習慣が恐ろしい」

 大地も苦笑しながら参加をする。日本人は大概、小学生の夏休みに体操をするので身に染みているのだ。


 大地は二度と女装はごめんだとばかりに散髪屋に髪の毛をバッサリと切ってもらった。その後、隆起して拡大した国土の調査をゴルギアスから任され、国土を司る学者や役人とともにミワにのり、上空から観察したり、降りて土壌を調べたりした。それは国土の姿を地図という形で残されることとなった。

 何よりたくさんの人にみてもらい、乗せることになったミワは、大地が頼みもしないのに二回りも大きな金色の大蛇となって自己表現した。本当に自意識過剰で憎めない蛇だ。

 隆起した新しい国土にはアトランティスの残骸も残っていた。それは遺跡としてあの浅い海域にある海底神殿とともに残されることになった。

 

 海域は落ち着きをみせ、魚介類が戻ってきている。港は漁業をする船で賑わっており、水揚げはインフラが整いつつあるおかげで両国の市場へ出回ることができた。隆起海岸が多かった海域であったが、土地が隆起をしたおかげで浅瀬もでき、場所によって砂浜もできていた。

 岩場では貝や魚を捕る人々の姿も見られた。もともと隆起海岸があったせいで潜って貝や魚を捕る文化は有ったが、ここに大地が新たな文化を生みだす。


 泳ぎは苦手だったはずの大地はミワに特訓され、潜ることはできるようになっていた。プールのように泳ぐことは相変わらず苦手で、せいぜい25メートル泳げるかというところだが、潜るのは怖くなくなっていたのだ。

 大地はワカメをみつけるとたくさん獲って見せた。

「これは食えるのか?」

「海で花が咲くのか」

「これは髪の毛が生える薬か」

 などど興味津々の人々。

「これは過熱したらスープでもサラダでもいけますよ。保存食にもなります」

 そう言って大地はワカメを板に広げ干していく。

「こうやって干すと保存ができます。田舎の家で教えてもらいました。干したワカメを『板ワカメ』って言うんです。みなさんもやってみてください」

 大地が作ったのは元いた世界の一部の地域で食べられている『板ワカメ』だ。保存ができ、枯葉のようにパラパラとちいさくしてご飯にまぶってもいいし、かるく火であぶって酒のつまみにもなる。この『板ワカメ』は簡単に作ることができるのでたちまちこの世界の人々に広まった。



 アーテから守るためにいつも大地の髪の毛に擬態していたミワは、アーテが無力化されて光の牢獄に入れられたことによりその役目を終えていた。それ以降は特に理由はなく、そのまま大地のそばにいたのだが、ある日真剣な顔で大地に告げる。


〈 お前とまだいたいが、本業をやっている私の分身が多忙で疲弊しているので戻らねばならん。すまぬが私は本業に戻る 〉


「そうか、アーテから俺を守る役目が終わったのだから仕方ないよな。ミワさんとはもう二度と会うことはできないのか?」


〈 私もお前に会いに来てほしい。方法はこれだ 〉

 

 そう言って大地にある方法を教えると、大地が気の利いた言葉を言う間もなく『本業』とやらに戻るために去っていった。


(ミワさんと一緒にいて俺はとても助けられたし、楽しかった。会えるといいな……)


 寂しさは募るが、今は渚も剣斗もそして和音もいる。寂しいと言ったら罰が当たるだろう。大地はミワへの感謝の思いを言葉を空につぶやいた。




 変わりゆく国を見つめるゴルギアス。戦争後によもやこんな躍動的な国の姿を見るとは思えなかった。隆起した土地のおかげで国土は広がり、調査が済み次第、街づくりをすることになるだろう。

 ゆがんだ教育と歴史認識のせいでパルネス国との関係は悪化したが、アーテの策略によるものだとわかり、戦争を乗り越え対等の立場で和平が進んでいる。

 戦争の発端となったケオス諸島はアトランティスで標高が高い部分だった。地殻変動で隆起し、島となったのだ。パルネス国の領土ではあったが、ゾーマ国の領土だという間違った歴史認識がゾーマ国にあり、もめていたのをアーテが戦争にまで発展させたのである。


 毎日暫定ざんてい政権と話し合いをしながら『王は君臨すれども統治せず』という政治体制をつくる準備を進めている。

 このところ乳母子めのとごで近衛のダフネも機嫌がいい。渚が昼間は水道・下水道システムの構築に一生懸命で後宮に帰るや否や爆睡しているので夜伽の仕事をしていないからである。

「陛下、渚は最近全く夜伽の仕事をしておりませんが、いい加減にクビになさったらどうです?あれじゃ単に寝るために後宮に帰っているではありませんか。いつまでここに置かれるつもりですか」

「そうだな……」

 ゴルギアスは空中庭園から市街を見下ろしながら考える。

「なぜ私は渚を夜伽から解放しないでいるのか自分でもわからぬ。ダフネも知っているとおり私は渚に世間でいうような関係を作ってはいない。大臣をだます目的は果たしたのだが……なぜかな。私のもとからいなくなるのは非常にさみしい。この理由ではだめか」

 この答えにダフネは目を吊り上げながら

「だめです!私は納得できません。渚はいずれは元いた世界に帰る身、剣斗という相手もいるではありませんか。いくら国王陛下でも人の心は所有できるものではありません!さみしいというのは恐れながら陛下のわがままであります!」

 いつも厳しいことを言うが、今日はさらにもっともなことを言うダフネにゴルギアスは頷かないわけにはいかない。

「ではダフネ、お前が私のそばにいてくれるか。朝も昼も……夜もだ」

 それを聞いて顔を赤らめるダフネ。

「近衛の私に今度は夜伽を務めろと……?」

「いや、夜伽は渚だけでもう十分だ。嫉妬にまみれての生活は正直疲れた。では、嫉妬深いお前に国王として命令する。ダフネ、私の妃になれ」

 ゴルギアスの突然の命令にダフネは困惑する。

「お戯れで御座いますか、陛下。私は乳母という使用人の家柄なのをご存じでしょう」

「渚はよく言っていた。人の生まれや育ちでなく、生き様をみるのだと。どんなに身分が高くても行動が伴わないとだめだ。お前はこれまでに近衛と乳母子めのとご以上の働きをしている。お前以外に妃としてふさわしいものがいるのなら連れてこい。ただし女装した男はだめだ。だからもう一度言う、ダフネ、私の妃になれ。これは命令であり、私ことゴルギアス個人からの懇願だ」

 ゴルギアスの『命令』にしばらく言葉がでなかったダフネは国王を前にして初めて涙を流した。そして頷いたのだった。


 その夜ようやく渚は夜伽の職を解かれ、後宮を去ることになり、迎えに来た剣斗とあの森の家へ帰っていった。


 そう、これで何もかも円満に異世界生活は終わるのかと思われた。

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