第11話 ゾーマ国王と女神の兵器
この世界ではパルネス国を含め、医療・衛生分野の知識が不十分で、4人が異世界に来て早々に渚が煮沸してさました水を作ったり簡易ろ過システムを作ったりしたのも健康を守るためだった。飲み水として井戸の水が利用されているが、水源がない町や村は水がめを持って水を汲みに行かねば一日が始まらない。
パルネス国軍がテッタリア戦線を前進させたことで美酒に酔いしれているころ、ゾーマ国では負傷した兵士が次々と運ばれてきていた。そこでは治療という名前の『生き地獄』が待ち構えていた。負傷兵で手当ての見込みがない重症者は木の板にくくりつけられ、麻薬性の強い葉を口にあてがわれる。そして意識を失っている間に治る見込みのない負傷した腕やら脚やらを切断をする。途中に意識が戻っても激痛で卒倒できればまだいいが、意識があるものは『治療』の甲斐もなく出血多量で命を落とすか、止血が間に合えば間に合ったで傷口からの感染症で苦しんで死ぬことさえある。パルネス国軍が和音の回復魔法を欲しがる理由はここだ。
その日も治療部隊の部屋からうめき声や叫び声が聞こえ、治療できなかった遺体は裏口から運び出されて墓地へ埋葬された。
ゾーマ国の王宮では国王ゴルギアスが摂政や大臣たちと会議をしている。ゴルギアスは前国王や母親である王妃が早くに亡くなったことから若くして即位をしたため、大臣や摂政が相談役となっていた。母親譲りの整った顔立ちであり、直毛の髪を肩まで流している姿は常に周りの女性たちの気を引いていた。しかし当のゴルギアスは領土拡大という野望が先にあり、大臣たちが王妃を迎えるよう進言しても聞く耳を持たなかった。
「この度のテッタリア戦線における我が軍の働きはどうなのだ。本当にあれで良かったのか。戦線の兵士半分以上を新兵にかえての作戦だったが死傷者が多すぎる」
ゴルギアスは半ば腹の虫が収まらなかった。いくら作戦とはいえ、死傷者の数を聞くと無駄死にさせたようで許せないところがあった。
「死傷した兵士たちには名誉の称号を授けるがよろしいかと思います。この度の作戦はパルネス軍を引き入れるための一歩です。今頃奴らは祝いの宴をやっている頃でしょう。存分に油断すればよいのです」
軍部の大臣がそういって科学者たちが行っている計画の進捗状況を説明する。
「司祭様にご神託がおりてからその通りに我々は新たな武器を作っております。完成まであとわずかの時間を要します。我らがゾーマ国は神に守られし国、その武器が我が国に勝利の道を切り開いてくれましょう」
淡々と説明をする大臣。
「大臣よ、新型の武器の完成を急がせよ。これ以上の死傷者は軍の痛手となる。武器を扱うのは人だ。兵士の損失は避けたい。名誉の称号授与の件はわかった。すぐに手続きをすすめよ」
顔色を変えることもなく、ゴルギアス国王会議を締めくくる。会議といえど自分の意見はなかなか通らないのを知っていた。
会議を終えると側近も付けずに一人らせん階段を登る。その先には亡き母親と良く過ごした空中庭園があった。ゴルギアスの母親は異国の地から王妃として迎えられたものの郷里に帰ることも許されず、故郷への思いを胸に次第に病んでいった。そんな母親もこの空中庭園にいるときは元気を取り戻し、よく故郷の歌を口ずさんでいたのだ。母親の思い出はすべてこの空中庭園にあった。そこには集められるだけの異国の花も植えられ、育てられている。いつゴルギアスが訪れてもいいように庭師が手入れを行っていた。
(母上、我が国は隣国パルネス国と戦争をすることになりましたが、なぜか私にはしっくりきません。ご神託があっての戦争ですが、いくら神の思し召しとはいえ、それだけの理由で戦争をするべきだったのでしょうか……)
胸の中で問いかけながら緑地の上に寝そべる。王とは孤独なものだ。絶対的に信頼できるものをまだ得ていない。しばらくそのまま空を見上げて流れゆく雲を見つめていた。雲であったならどんなに自由で幸せであろうか。
「国王陛下、やはりここでしたか」
声に気づいて起き上がると乳母子であるダフネが侍従と共に立っていた。ダフネはゴルギアス国王が幼少の時から遊び相手、ともに教育を受ける相手として乳母とともに城に来ており、今は近衛兵を務めている。乳母として仕えていた母親に甘えることは許されず、常に距離を置いて生活をしていた。成人となった今では女性でありながら兵の道を選び、国王を守ることに喜びを感じていた。
「会議会議といっても私の意思は通らぬ。あのような場にいることさえ苦痛でならん」
苦笑するとゴルギアス国王は立ち上がり、空を指さして言った。
「あの空はこの国を、この私をどうみているのか。時々そう考える」
「お察しします陛下。ですが陛下はおひとりではございません。必ず陛下のお気持ちを理解している人間はおります」
「お前はいつもそのように私を慰めてくれるが、今日も私は一人だった。この国は摂政と大臣がまわしておる。私の存在価値などないようだ」
ゴルギアスは空中庭園でもう少しゆっくりするつもりだったが、これ以上ダフネや侍従にうるさく言われるのも気がひけたので空中庭園を後にした。
あれからしばらくテッタリア戦線ではパルネス国軍とにらみ合いが続き、ゾーマ国軍はそれ以上のパルネス国軍の侵攻を許さなかった。勢力は拮抗しており、何かの一押しで暴発しそうな雰囲気である。そんな状況だというのにゾーマ国では新たな問題が起きていた。
「陛下にご報告申し上げます。国の北部一帯に怪物が現れ、すでに人的被害が出ております。兵を派遣しておりますが討伐は難しく、しかも怪物は一頭ではございません。出現場所はどんどん首都へ近づいています」
定例の会議の最中に近況ごととして報告事項があった。
「怪物?今までにそのような話は聞いたことはないが。誰か知っている者はいないか?」
ゴルギアス国王はその場にいる大臣たちに尋ねる。顔を見合わせている大臣の中から一人だけ答えた者がいた。
「恐れながら申し上げます。私もはっきりとしたことは存じ上げませんが、開戦前にこの国に出入りしていた商人の話では隣国パルネス国ではずいぶんと前から怪物が現れ、人的・物的被害があったということです。パルネス国は対応に苦慮していたところ、丁度どのようないきさつかはわかりませんが他の世界から勇者が現れ、討伐していったと聞きます」
「ほう、他の世界からとな。にわかに信じられない話ではあるが、もしそれが本当なら招いて討伐してもらいたいものだ」
ゴルギアス国王の言葉にざわつく大臣たち。
「敵国の人間ですぞ!」
「われらと異なる世界から来たのであれば、敵国の人間とは言えないと思うが。それともこのまま怪物の思うがままにして国内を混乱させた方が良いとでもいうのか」
「……………」
他に方法を思いつかない大臣たちは黙り込んだ。
「問題はどうやって『招く』かだ。武器の完成も急がねばならんが、怪物討伐も急務だ。この異なる世界から来た勇者について情報を集め、どのような方法を用いても構わん、連れてまいれ!」
「承知いたしました」
大臣たちは礼をするとそれぞれの部下に国王の命令を伝達していった。
怪物出現や討伐したパルネス国にいる勇者についてその後も情報がもたらされた。怪物については半人半獣のもの、獣を掛け合わせたようなものなど容姿は様々で人を憎むかのような眼差しで被害をもたらしているとのことだった。ゴルギアス国王は多額の懸賞金をかけてみたが、人々は今までにない事態に恐れをなし、我こそはと思うものはいなかった。
(やはりパルネス国から何としても異世界の勇者を招かねば……しかし今は戦時中だ。このまま民がやられるのを黙ってみていなければならないのか)
戦況もそうだが対応のしようがない怪物も気がかりだ。大臣たちは新しい武器のことでは盛り上がるが怪物のことは及び腰となり、それが余計にゴルギアス国王をイラつかせているものだった。
そんなある日ゴルギアスはダフネや侍従を従えて教会に足を運んだ。パルネス国と違い、ゾーマ国民は神を敬っている。国王自ら教会へ行き、祈りをささげるのは戦意高揚や国民に対する一体感も生まれるので、時間が許す限りゴルギアス国王は教会へ行っていた。
「熱心に祈りをささげる国王陛下に国民は敬意を表しています。神も陛下の御心を受け取られ、この戦争が我らにとって正義であることを勝利という形で示されることでしょう」
礼拝堂で女神に祈りをささげているゴルギアスに司祭が声をかけた。熱心な信者が多い首都の教会は総本山でもあり、信者の寄進による建物は大理石や彫刻、切りガラスなど芸術性に富んだ作りとなっている。総本山でもある教会の司祭ネストルは祈祷中に女神から新型兵器の作り方の神託を受け、その報告を受けて秘密裏に兵器製造が行われていた。
「この戦争は早期に終わらせなければならない。兵士の死傷は国の損失だ。それだけでなく国内においても問題が起きている。このタイミングで現れ、人々に危害をもたらしている怪物だ。ネストルは聞いたことがあるか」
祈りを終えるとゴルギアスはネストルに問いかけた。
「噂は噂を呼びます。信者たちの中でもその話は出ておりますが陛下は何か対策をお考えでしょうか」
「対策とは言えないが、パルネス国でも以前から怪物が現れ、あちこちで被害が出ていたときに我らと異なる世界から勇者がやってきて討伐していったと聞いている。情報を集めてみれば彼らはポセイドンの三叉槍を持つ者、クトニオスの魔剣を持つ者、そして……魔法という術を使って怪我を癒やす者、そして自然環境について知識がある者……まあ最後の一人はよくわからないが、たったこれだけで討伐しているとのことだ。この4人なら我が国に被害をもたらしている怪物討伐も任されると思うのだが」
「兵器が完成すれば戦争は一気にこちらに有利となります。その時にその4人を探し出して我が国へ連れてくることは十分可能だと思われます。これも女神の御意思、きっと何事もうまくまいりましょう」
司祭ネストルとゴルギアスはそう言って女神像を見つめ、深々と頭を下げる。女神から神託が下りたのは歴代の司祭の中でもネストルだけである。このことがさらに信者を増やしていた。ゴルギアスたちは戦争の勝利と兵士の無事を祈ってその場を後にした。
それから数日後、国王ゴルギアスの下に兵器の完成の一報が入り、大臣たちを集めて兵器工場へ急いだ。首都から離れた場所に秘密裏に作られた工場では連日科学者の指導の下、神託の通りに兵器が作られていた。科学者はゴルギアスや大臣に黒い粉を見せる。
「これは火をよぶ粉です。この粉の調合もご神託にあり、これだけでもいくらかの兵器の要素はありますが、接近戦が強いパルネス国軍にむかうなら遠距離の攻撃を考えねばなりません。女神様のご神託はそのこともしっかりと下ろされておりました。ご覧ください」
そう言ってさらに工場内をすすむと、ゴルギアスたちの目に台車に乗せられた大きな筒型のものや、小さな翼のようなものを付け、先がとがっている太さ1メートル長さ3メートルはあるものが映った。
「この大筒は火の粉の球を入れ、遠くに飛ばします。球は着弾と同時に爆発し、広範囲にわたって被害をもたらします。そしてこの翼を付けたものは、専用の台によって撃ちだされ、より遠い距離まで飛ぶことができます。ゾーマ国からだとパルネス国の首都、オロビア市は余裕で襲撃できるでしょう」
科学者の言葉に歓喜する大臣たち。ゴルギアスもこれなら早期に戦争を終結できると信じ、何度も頷く。
(これならこれ以上の兵士の損失を防ぐことができるかもしれない……)
「よくやった……早速これらをテッタリア戦線へ配備せよ。巻き返しをはかろうぞ」
そう指示を出すとこのご神託を下ろした女神に感謝をした。女神の神託によって作られたゾーマ国の新しい兵器。それは『大砲』であり、もう一つは『ミサイル』というものだった。大地たちが元いた世界のそれとは発明の時期が異なるが、敵地の破壊能力は増す。拮抗しているテッタリア戦線において十分な成果を出してくれることだろう。その場にいた大臣たちも口々に賞賛している。戦争は一つの転機を迎えることとなった。
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