渚、再び

突然の訪問

実家に帰って1ヶ月。

おかげさまで体調も良く、私も子供も順調。

渚不足で、少し寂しいのが難点かな。


梨華は山口さんと上手くいっているようで、別人のようにおとなしくなった。

母さんや父さんにも素直に受け答えしているし、私のことも気遣ってくれる。


「お姉ちゃん。今日は海人とクラシックのコンサートに行くんだけど、良かったら一緒に行く?胎教にもいいらしいし」


フフ。

あの梨華がそんな気遣いが出来るなんて、びっくり。


「私はいいわ。2人で行きなさい」

邪魔はしたくないし、私はいつか渚と行くから・・・


ウルッ。

なんだか寂しくなった。


もう、随分渚の顔を見ていない。

彼は彼で、お父さんとの話し合いに苦戦しているらしい。

まあね、3年以上音信不通の息子がいきなり帰ってきて「子供ができた。結婚したい」では、怒らない方がおかしい。

お父さんが出した条件は、沖縄に帰ってくること。

当然だと思うけれど・・・難しい問題だわ。



「もー、樹里亜も梨華も早く食べなさい」

母さんに急かされて、今日も朝食をかき込んだ。


***


ピンポーン。

玄関のチャイム。


朝8時半。

こんな早い時間に誰だろう。


「奥様」

玄関から戻った雪さんが、怪訝そうに母さんを見る。

「どなた?」

母さんが聞くけれど、

「それが・・・」

雪さんはハッキリ言わない。

席を立った母さんが、玄関へ向かった。


しばらくして、

「樹里亜」

私を呼ぶ、母さんの声。

私も立ち上がった。


何なのよ。

ヒョコヒョコと玄関へ向かった私の足は、ピタリと止まってしまう。


嘘・・・


目の前に立っている3人。

みのりさんと、色黒の男性。

そして・・・渚。


顔を見た瞬間に涙が溢れた。


「な・・ぎ・・さ」

声にならない声が漏れる。


ウウ、ウウッ。

私はかけ出しそうになった。

すぐにでも、渚の胸に飛び込みたい。


しかし、

「樹里亜」

母さんの声で私の動きが止まった。


「梨華、お父さんを呼んできてちょうだい」

いつになく厳しい声。

梨華は黙って父さんの書斎に向かった。


多分短い時間だったと思う。

でも、誰も何も発しない時間はとても長く感じた。


ツカツカと近づく足音。

父さんだ。

私の横まで来て一旦止まり、私を守るようにもう一歩前へ出た。


「どちら様でしょう」

その威圧的な声色に、父さんも母さんも渚との関係に気付いているんだと確信した。

「突然お邪魔して申し訳ありません。高橋渚の父です。渚とお嬢さんのことで、お詫びとお願いに伺いました」

色黒の男性がそう言い、頭を下げた。


一方不満そうに立ったままの父さん。


「とにかく上がってもらいましょう」

後ろから大樹が口を挟んだ。

「どうぞ、お上がりください」

母さんがスリッパを出す。


父さんは無言のまま、渚とご両親は客間へ案内された。


***


普段は使うことのない10畳の和室。

私と父さんと母さん、向かい合って渚とご両親が座った。


「お話を伺います」

あくまでも堅い表情の父さん。


すると突然、渚が座布団から降りて両手をついた。


凄く凄く緊張していた私は、その後渚がどう言ったのかハッキリとは覚えていない。

ただ、

「樹里亜さんとお付き合いしています」

「順番が逆になりましたが、子供が出来ました」

「真剣に将来のことを考えています」

そんなことを言って、頭を下げた。


渚のご両親も低姿勢で、

「息子が申し訳ありませんでした」と謝られた。


「お話の主旨は分かりました。が、納得は出来ません。子供が出来るような付き合いならもっと早く打ち明けてもらうべきだったと思います。今更こんな風に来られても、はいそうですかと嫁には出せません」

父さん・・・

あまりの剣幕に、誰も何も言えなかった。


「高橋君。私は君を信頼していた。真面目で仕事の出来るいい若者だと思っていた。がっかりだよ」

渚がうなだれている。


妊娠も、私の家出も、渚が一方的に責められることではないはず。

むしろ責任は私の方にあるのに、ひどすぎる。

私は、これ以上黙っていることができなかった。


「渚だけが悪いわけではありません」


「樹里亜、やめなさい」

母さんが止めたけれど、私は止まらなかった。


「父さん、渚だけを責めるのはやめてください。私だって、父さんが思うような娘じゃありません。この3年、私はあのマンションで渚と同棲していました。平気な顔をして家族を騙していたんです。それでも渚だけを責めるんですか?」

感情にまかせて一気に言ってから、少し後悔した。

父さんと母さんの寂しそうな顔が目に飛び込んできたから。


「樹里亜、やめろ」

怒ったときの渚の声。

「だって」

渚ばかり責められるのは辛い。

「俺たちはそれだけのことをしたんだ。信頼を裏切ったんだから」

だから何も言うなと言ってるんだと思う。

言い訳なんてしないところが、いかにも真面目な渚らしい。

私も口を閉じた。


「高橋さん。申し訳ありませんが、突然のことで驚いています。日を改めていただけませんか?」

母さんが言い、

「そうですね。私達もしばらくこちらにいますので、改めてお話しさせてください」

みのりさんもそう言った。


***


その日から、父さんが口をきいてくれなくなった。

同棲のことも、渚とのことも一切触れない。


「父さん、怒っているのよね」

母さんに訊いても、

「怒らせた覚えがあるでしょ?」

と返されてしまう。


母さんとみのりさんは何度か外で会っているらしい。


私も携帯を返してもらい、渚と連絡が取れるようになった。


でも・・・この先どうなるんだろう。

目の前には不安しかない。

こんな状態で家を出れば、2度とここには戻れないだろう。

分かっているから軽はずみなこともできない。

渚は、「いざとなれば、沖縄を捨ててこっちに来る」と言っている。

でも、出来ればそうしたくないとも。

その気持ちは私も同じ。



「樹里亜、今日病院でしょ?」

ああ、そうだった。

「1人で行くの?」

「うんん。渚と一緒」

「そう」


私は今日、初めて渚と検診に行く。

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