風琴ねずみと夜の電車 二

倉沢トモエ

メダルの取引

 今、どこかの時計が午前三時を打つたばかりでした。

 冬木一「年とつた瓦斯燈の話」(一九二四)より


 メダルを拾ったマサジは、そのまま家には戻らなかった。

「おばんでがす」

「こんばんは、マサジくん」

 虎屋横丁近くへ走り、定禅寺博士のもとへ立ち寄ったのである。

 小鳩堂から虎屋横丁は、子供の足で何度も往復するのは骨ではないかと思われるのだが、彼の足はまあ、ずいぶんと頑丈なのであった。

「これでいいべか」

 五枚のメダルが手の中に。

「どれ、検分してみましょうか」

 マネキンたちが周りを取り囲み、人目から二人を遠ざけた。

 博士は演台から機械を降ろし、上に三寸ほどの長さの頭がついた小さな木槌と丸い台を出した。木槌にも台にも花の模様が彫られていて、もとは何に用いられていたのだろう。マサジはわからない。

「私が回収しそこねたメダルをこの通り、君が拾ってくれるので大変助かっているのですよ」

 まず最初の一枚を、木槌の叩く口から一寸ほど上の位置に空けられた、貯金箱の穴のような隙間に差し込んだ。

「これは、本日午後二時台あたりの電車通過を見込んで仕掛けたものです」

 メダルを差し込んだ方の口を下に軽くトン、と、丸い台を叩く。

 叩いた瞬間に、メダルを差し込まぬ方の口がぼんやりと光って、さらになにか丸いものが幻灯のように浮かんできた。

「蜜柑かや」

 いつもの手品だな、と、マサジは面白がって見ていた。こうしてメダルを挟んだ木槌をこの台で叩くと、メダルの中に刻み込まれた線路の歌が浮かぶのだという。

「誰か、電車の中で蜜柑のことを考えていたんでしょうか」

 このメダルは、普通のメダルで、鉛筆五本分の値打ちである。

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