第2話
それから幼稚園、小学校、中学校とさすがに全部同じクラスという訳ではないが同じ学校に通い、今年の春に同じ市立の高校に二人揃って入学した。
そして美夜は同年代の女子と比べても、群を抜いて容姿が秀でていた。
小さく華奢な身体、背中まで伸びた艶やかな髪。小さな手、大きな瞳、天使のように愛らしい顔。
その容姿のせいで、一日に何度かは男子に告白されている所を見かけた。
しかし人と仲良くするのが苦手なのか、
「ごめん付き合えない」
の一言で全員無残に振られていった。
皮肉な事に少なからずそんな美夜を良く思わない奴らが現れるのに時間はかからなかった。
ある時女子数人が美夜を体育館裏に呼び出したのだ。
美夜がいない。ただそれだけの事なのにとてつもない不安が襲い、いても経っても居られなくなった。
本当に何もないのかもしれない。先生に呼び出されたのかもしれないし、もしくは一人で先に帰りたくなったのかもしれない。
でも俺にそんな余裕なんてなかった。ずっと一緒に居たから分かる、美夜は今までずっと俺と離れる時必ず報告してくれていたから。
でもたった一つだけ例外があった、何か厄介事に巻き込まれるときだけ必ず俺を巻き込ませまいと何も言わずに消えてしまう事があるのだ。
そういう正義感や自己犠牲の強い部分は美代子さんに似たのかもしれない。
今回もきっと何か良くない事に巻き込まれているに違いない、そう確信するまでに時間はかからない。
「美夜! あ、君さ、姫川美夜がどこへ行ったか知らないか!?」
「いや、姫川なら見てないけど」
「そっか、ありがとっ!」
物凄い剣幕のまま学年中の残っていた生徒に聞いて回った。
「美夜の事見てないか!?」
「姫川さんなら確か岩倉さんと体育館の方に向かってってたけど」
岩倉智美、クラスのリーダー的な立ち位置で明るく友達も多いギャル系の女子だ。
でも美夜と話してるとこなんて見た事がない。
何か嫌なことが起きる予感がして息を切らしながら体育館へ向かった。
居ない……まさか裏か……!?
息が切れて今にも倒れそうだった。呼吸をする度肺が痛む。
はぁ……はぁ。あと少し、あともう少しだけ動いてくれ……よしっ見つけた!
あいつら一体何を話してるんだろうか。
朦朧とする意識の中で微かにだが声が聴こえる。
美夜を囲んでいた女の一人、岩倉が制服のポケットから刃物を取り出す様子が見えた。
まずい! 飛び出したい気持ちを抑え、万が一の為にスマホの録音を始める。
「姫川ぁ、ちょっと可愛いからって調子乗ってんじゃねーの? 水野くんまで振ってさぁ? マジ何様なんだよっ!! 付き合われたらそれはそれで困るけどな?」
「あははっ! マジうけるんですけどー」
完全な逆恨みだ。
「これでお前の顔ずったずたにして二度と告られないようにしてあげる!」
卑劣極まりない、タチの悪い、俺が一番許せない奴ら。自分が振り向いて貰えないのを人のせいにしてその為の努力もしないで他を蹴落とそうとするクズ。
これがみんなの前で明るく振舞っている女の裏の顔か、嫌なもん見ちまったな。
「ちょ、それはさすがにまずいって!」
「うるさい!」
美夜は何も言わないでただひたすらに震えていて、つい昔の事を思い出して吐き気を催す。
「ほら、刃ァ当たんぞなんか言えよ!?」
カッターの刃が美夜の頬に近付く。
「や、やめて……」
まずい!
「おいお前ら! 美夜に何しようとしてんだよ!」
「……翔悟っ」
「稲畑さぁ、ちょっと立て込んでるからどっか行っててくれない?」
「この状況で見逃す訳ねぇだろ!」
「こんな事する様な奴らは絶対許せない、だから美夜にだけは手を出すな。俺の大切な幼馴染をこれ以上傷付けんなよ。今してるやり取りも全部撮ってある。でも、それでもムカつくんなら俺の事を好きなだけ殴っていい。だから頼むわ……もう美夜に関わんないでくれ」
俺は深く頭を下げ、地べたに這いつくばり土下座する。かなり大きな声をあげたので体育館の方まで声が聞こえたのかこちらへ生徒が近付いてくる足音が聞こえる。
「ちっ、もういいわ萎えた萎えた」
「行こっ智美」
大事になるのを恐れたのか幸いにも岩倉達は去っていった。
「大丈夫か?美夜」
俺もぶっ倒れそうだってのに人の心配をしてしまうのは性なのかもしれないな。
「稲畑くんに姫川さん、何かあったの?」
バレー部の石田か。でも、美夜だって大事にしたくない事くらい分かる。
この事については黙っておく事にした。
「いや、なんでもない。石田も部活頑張ってな」
「ありがと! じゃあ練習戻るね」
石田が居なくなった瞬間崩れ落ちるように倒れ込む美夜を強く抱き締める。まだぷるぷる震えているのが分かった。
「翔吾、見つけてくれてありがと……凄く怖かったから、嬉しかった」
「いや、その……当たり前だろ。それより早く見つけられなかったせいで怖い思いさせてごめんな」
少しばつが悪くなって目線を逸らす。
「翔吾は悪くない、私が悪いの」
「お前こそ悪い事なんかしてないだろ、完全にただの逆恨みじゃないか!」
この場で美夜が自分を責めるのはどうしても許せない。俺が目を離したせいで美夜を傷付けたんだから俺のせいだ。
「そうだね、でもそれなら翔吾だって何も悪くないよね。いつも自分のせいにして勝手に背負い込んで、たまには人のせいにしてよ……あと土下座なんて絶対簡単にしちゃダメ! 自分を犠牲にするのも!」
人が傷付く姿は見たくない、それが好きな人なら尚更だ。昔からそうだ、そんな姿を見せられるくらいなら自分が傷付いた方が何倍もマシだ。その為なら自分がいくら傷付こうが構わない、今まで全て俺のせいにしてきたのはその方が楽だからなんだ。
だが、そんなのはエゴだ。
美夜も同じだった、美夜も俺に傷付いて欲しくなかったんだ。
その事については俺が責める権利なんてどこにもない。何故なら俺も全く同じなんだから。なのに俺は、今まで美夜の気持ちも知らないで、そんな簡単な事もわかってやれなくて。
「ごめんな……」
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