甲氏、乙氏の意見
甲氏の言葉にうなづくのは、隣の席の乙氏(こちらも仮に乙氏とする)。
「火の精が、火を食べたり吐き出したりしていたね。
青い鳥も、何度も鳥かごの中で色を変えたんだ。
時に幻灯になるのも、なんともよい効果だったと思う」
天堂嬢ご本人は、老婆、仙女、夜の女王と、目まぐるしく様子を替え不思議の数々を披露して、最後の挨拶には暗闇から出現した大きな鳥かごから、ふわりと現れたという。
「控えめな衣装だったが、それでも人目をひいた。ほんとうに地が華やかなひとなんだねえ。
「奇術を応用することで、こんなに戯曲の肝の部分に迫る芝居になろうとはね。
さしずめ天堂嬢は、我らの目を開く仙女だったね」
「天堂嬢もだが、あの黒猫もいいんだなあ」
チルチルとミチルの供をする犬と猫。犬は忠実に人間の味方をする。
対し、先回りをして方々に告げ口をし、さまざまな顔を見せるのが猫。
「とても身が軽くてね。トンボを切ったり、玉乗りをしてみたり、するり、するりとしなやかな動きなんだ。軽業でもやっていたのかねえ」
体つきから、まだ少女のようだということ。
「ただ、彼女だけ歌ではなく、伴奏に乗せて台詞を言うだけだった。それでも声はいいし、他の演者から浮き上がらず、合っていたけれどね。身のこなしを見込まれての配役だったのかねえ。天井から下がって来た輪っかに乗って、くるくる回りながら登場したのも見事だった。
神秘の世界では、言葉を話し自由自在な猫の精だ。
天衣無縫な軽業のおかげで、その自由が死ぬことは、なるほど避けようとするだろう、人間を裏切り、方々によい顔をするのもむべなるかな、と思えたよ」
甲乙両氏の話で秀真くん、せめて舞台の様子が知られて良かったというべきなのか。
「切符、隣のテルオちゃんさあげてしまった。行ったべか」
「なにがどう転じるか、わからんもんだ」
話しだせば思い入れの分だけ長くなる事情を思い返し、辻氏が慰めた。だがそれに秀真くんは軽快に、
「まあ、いいべや。あっぺとっぺで、わがんねえけっとも、しばらくこのまま夜の女王の眷属、荒唐無稽でいるべし。たぶんいるんでねえがな、家来に荒唐無稽。
われわれの生命だべした」
おやおや。車掌という折り目正しい職種、しばし羽目を外すのに、酒の神の力は不要であると。
いやいや若い彼には、詩神が時折ほほえむのである。それが心に翼を生やす。
「ははは、荒唐無稽か。
マダムが夜の女王かは知らんが、カフェーという場所は、まさに夜がその翼をもって覆い隠している神秘には違いない」
「どうしたのよ、辻さん。詩人だわ」
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