第27話

「おばあちゃん……」




 あれから、何日が経っただろうか。私はまだ、信じていない。葬儀と告別式を終えてもまだ、信じていない。信じることはできない。




 まだ、届くんだと思いたかった。




「おばあちゃん……」




 老人ホームのおばあちゃんの部屋で、私は俯き言葉が出ない。なんで、私は今、こんなにも俯いているのだろう。時間がいくら経っても、そう思ってしまう。




 すると、おばあちゃんは口を開いた。




まさは喜んどる、だから大丈夫」




「でも」




「大丈夫じゃ」




 そう言うおばあちゃんの顔は、いつもよりもっとくしゃくしゃで、ふにゃふにゃしていた。




 そしてそっと、椅子に座る私の頭を撫でる。




「あんたみてぇな、娘がおって幸せじゃ」




 そう言って、くしゃりを増やした顔で、話を続ける。




「あと、正は追い出してねぇよ」




「え?」




「あんたの母さん」




「どういうこと?」




「あんたの母さんは、仕事で帰ってこねぇ正が嫌になってな、別の男に会っとったんじゃ」




「え、そんなこと……」




「だから、もう、この家には戻ってくるなと怒っただけじゃ」




「それって……」




「それを、自分のせいとずっとな、勝手に責めとったんじゃ」




「そんな、私……何も知らなくて……」




 私は何も知らなかったようだ。大事なことを沢山、気が付かないままいたのだ。




 悔しいなんて感情は通り越し、わからなくなっていた。ぐっと手に、力だけが入っていた。




 最低だ、なんて言ってしまった。




 私はなんて最低だったんだろうか。




「あんたの中の家族を壊しとうなかったんじゃ、だから言わんかった」




 おばあちゃんは泣きながら、ごめんと謝っていた。誰も悪くないのに、どうして私の家族はみんな、いつも謝るのだろうか。




「辛れぇ思い、させたな」




「おばあちゃん……」




「だったら、あんたはもっと幸せになれぇよ、誰よりもな」




「それが、正の幸せじゃ」




 おばあちゃんはそう言うと、カキツバタの花を一輪くれた。




 私には知らなかったことが多すぎた。どうして、もっと早く気が付けなかったのだろうか。仕方ないなんて、思えるわけないじゃないか。




「お父さん、嫌いだなんて思ってごめん」




 ぽたぽたと雫を顔に乗せて、まだ、生きていてほしいと信じながら、私は帰り道、カキツバタがたくさん並ぶ花壇を見つけて、立ったまま見つめる。




「それでも、前しか向けない。私はもう、決めたから」




 沢山受け止めて、自分らしく前に進むしかないのだ。




 いつまでも、後ろなんて見ていられない。私は人生を私で彩ると決めたのだから。私にはこれからたくさん大切に生きる人生があるのだ。




 お父さんが残し、伝えてくれた沢山の人生が。

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