第10話

 あれは、小学校二年生の冬休みだった。わがままだった私は、その日もお母さんに反抗して泣き喚いていた。




「宿題なんかしたくない!ママうるさい!嫌い嫌い!うわああああああん!」




 毎日毎日、言うことを聞かず、喚き散らしていた。




「もうしらないから」




 お母さんがそう言っても、私は泣き散らし続けた。




――――ガチャッ




「ママ?」




 気が付けば、玄関からドアの音が響き、お母さんは姿を消していた。




「ママ……どこいったの?」




 わがままに泣いて当たりすぎたと私はしばらくして、反省をした。私のせいで、ママは嫌になって出て行ってしまったんだと気が付いた。やりすぎてしまったと。




 でも、しばらくしたら戻って来てくれると当たり前に思っていた。




「なんて謝ろう……」




 そう思いながら、玄関でずっと待っていた。しかし、日が落ちて、夜中が過ぎても帰ってこなかった。怒りすぎて、明日じゃないと帰って来てくれないのかな、なんて考えていた。私は暗くなりシンシンと寒さが増してもまだ、玄関で待っていた。




――――ガチャリ




「あ!ママ……?」




「ただいま、どうしたの愛。まだ起きていたの?玄関で何をしているの?今は夜中の二時だよ?」




帰ってきたのは、仕事終わりのお父さんだった。お母さんではなかった。私が感じた一瞬の安堵はまた、不安と焦りの涙へと変わる。




「ママ、私のせいで出て行っちゃった、出て行った、どうしようどうしようパパどうしよう」




「落ち着いて落ち着いて。ママはいないの?何があったの?」




「わがまましたら怒って出て行っちゃった、どうしよ、あああうあああああん」




 私は夜中の二時だなんて、気にすることもなく大声で泣き叫んだ。泣いて泣いて腫れた目で、視界がおかしくなっていた。




「パパがママに連絡してみるから、大丈夫だから」




 そう言って、お父さんは別の部屋で、お母さんに連絡をしていた。私はその場でずっと、お父さんが部屋から戻るまで待っていた。




――――パタン




「ママは?ママなんて?」




 お父さんはすぐ戻ってきた。お母さんはきっと落ち着いたら戻るなんて、言っているだろうと思っていた。しかし、自分が願った言葉は、出てきてはくれなかった。




「電話に出ないな……また明日、掛けてみるよ」




「出ないの?」




「うん、でも大丈夫だから。愛はごはん食べたの?パパの会社の残りのお弁当があるから、一緒に食べるか?」




「ママ……どうしよう……」




「大丈夫。愛のせいじゃない……今日は遅いから、一緒にご飯食べてパパと寝よ」




「うん……でも、ママ……」




 私はその日から、ずっとお母さんを待っていた。玄関から外の物音がすると、お母さんが帰ってきたかもしれないと、ドアを開けた。しかし、冬休みが終わって、学校が始まっても、ずっとこのままだった。




 そして、お父さんは仕事人間で、夜中まで帰らないことが多かったが、あの日から、早く帰ってくるようになっていた。お父さんの顔は仕事で疲れたふにゃふにゃの顔から、いつしか、暗く苦しいくしゃくしゃの顔になっていた。

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