第60話 交わした約束2
「あの……。実は私、旅行にいこうと思っていたのですわ。それで、ヴェルナーに帝都を出るまで、案内を頼んでいたのです。道に迷ったら困りますから。でも皇宮にいることになりましたし、旅行することはありません。なのでその約束は忘れてほしいと伝えたかったのです」
流石に、一緒に国外へ出ようとしていたとまでは話せない。
人買いについても、メラニーの罪が重くなってしまうかもしれない。
今生で被害に遭ったわけではないし、言う必要はない。
「彼に伝えたかったのはそれだけですわ」
ヴェルナーと話をしたかったが、ジークハルトにいらぬ誤解を受けそうなので、諦めた。
ヴェルナーに迷惑はかけたくない。
謝罪と、現在置かれている状況、旅に出られないことは一応伝えられた。
「そうか。なら行くぞ」
「殿下」
リアを連れて退室しようとするジークハルトに、ヴェルナーが言いつのった。
「一度握手をしていただけないでしょうか? 殿下にこうしてお会いできるのは、これが最後かもしれませんので」
ジークハルトは無言でヴェルナーの前に手を差し出し、彼と握手をした。
「ありがとうございます、殿下」
ヴェルナーは深く頭を下げる。だが足を縺れさせ、机の角に頭を強打した。
しかも、足を挫いたようで、その場に蹲った。額からは血が出ていた。
「う……」
リアは唖然とした。
器用で運動神経の良い彼がそういったドジをするのは珍しい。
初めてみた気がする。
(ヴェルナー……どうしちゃったの……)
「殿下にお目にかかり、しかも握手をしていただき舞い上がってしまいました……。頭を強く打ってしまいました」
屈みこんでいるヴェルナーを、ジークハルトはいささか呆れたように見下ろす。
「……仕方ない。宮廷医師を呼ぼう」
ジークハルトが扉を開けて廊下に出、リアはヴェルナーの横にしゃがんだ。
「ヴェルナー、大丈夫?」
驚きすぎて、心配するのが遅れた。
大丈夫だろうか。
すると彼はぱちりと目を開けた。
「大丈夫に決まってんだろーが」
「え?」
彼はさっと身を起こす。
「君と話したくて、わざと転んだんだ。こうでもしないと、あの皇太子が君に張り付いて、離れねー」
彼はいつもの口調で、ニヒルに笑んだ。
なんともないようで、リアはほっとした。
「よかったわ」
「よくねぇよ」
彼は溜息をついた。
「おれはこれから体調を崩すことにするよ。で、皇宮に滞在する。オレは君を救うって約束した。約束を破るのは性に合わねぇからな」
「え?」
ヴェルナーはリアの肩に手を置く。
「あの皇太子には気を付けろ。彼はマジ危険だ」
「危険って……」
(どういうこと?)
ヴェルナーはポケットから何かを取り出し、口に放り込む。リアは目を瞬く。
「それは?」
彼はにやっと笑った。
「一時的に具合が悪くなる薬さ」
「医師を連れてきたぞ」
ジークハルトが医師を呼んで、戻ってきた。
ヴェルナーは額の傷の手当てを受けている間に意識を失い、奥の部屋に運ばれた。
彼は皇宮で治療を受けることになった。
◇◇◇◇◇
リアはジークハルトに部屋へ送られたあと、室内をうろうろとした。
(気を付けろって……危険って、どういうこと?)
ヴェルナーに会いに行きたいが、部屋に鍵がかけられている為、出られない。
窓を開けてみるも、格子が嵌められている。
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