第44話 閉じ込めたい

 しかし、もし彼女が他の男を想っているのだとわかれば、この想いはきっと同じ強さで憎しみへと変わる。

 彼女の気持ちを知るのが怖かった。

 

 リアは好きな男がいるわけではない。

 彼女をみていて、そんな男はいないとわかる。

 男のほうの気持ちは別として。


(リアがオレのことを想っていないのだとしても……)

 

 体調を気にしてだとしても、彼女がこの自分に口づけようとした。

 ジークハルトは歓喜を覚えた。

 体調は悪かったが、彼女とのキスを思えば、目も眩むほど高揚した。

 

 が、自分は口づけだけで止めることができない。

 階下で控えているローレンツがやってくるまで、彼女をこの腕に抱きしめ、過ごしたに違いなかった。


 あの男も、リアに好意を寄せている。

 年齢差があり、以前は庇護欲をもっているだけのようだったが、近頃はリアを異性としてみているのだ。

 リアは気づいていないが。

 

 彼女はジークハルトの抱えている凶悪な感情や衝動もわかっていない。

 だから、あんなことを言って、行動に移そうとする。

 その無防備さが、ジークハルトを苛立たせた。

 

 愛しいが、自分は彼女をすでに憎んでいるのではないかと思う。

 リアは熱い視線を向けたかと思えば、憂いをみせる。

 好意を寄せられていると感じ、すぐさま否定されるようなものだった。


(オレのことを今、想っていないとしても、他の男とどうこうなることはない)

 

 彼女のことを信じているのに、疑心暗鬼に陥る。

 

 リアは幼馴染のイザークに信頼をおき、親しくしていた。 

 イザークの妹メラニー・クルムから、リアとイザークの様子をジークハルトは聞いていた。

 メラニーは、ストロベリーブロンドの髪の小柄な少女だ。リアと同い年である。

 

 類まれな美貌をもつリアは、凜としているため、一見冷たくみえる。

 共に過ごすと、優しい心の持ち主だとすぐにわかるが。

 

 対照的に、メラニーは甘い砂糖菓子のような雰囲気をもつ。

 儚げにみえるが己の武器を良く知り、したたかだ。可愛らしさを演出する術に長けている。ジークハルトに昔から寄って来る女の典型で、性格は利己的だ。

 

 メラニー自身にはなんの興味ももっていないが、話は気になることだった。

 彼女はイザークの妹であるので、リアが侯爵家に行った際のことを事細かに知っている。

 また、リアの兄弟とも親しいようで、リアの家での様子を彼らから聞き、メラニーはジークハルトに知らせてくる。


 リアに執着しているジークハルトにとって、得たい情報だった。

 だがメラニーの言葉は、話半分に聞いている。

 彼女は誇張して話すきらいがあるからだ。

 どう考えても、リアがそこまでイザークと親密に過ごしているとは思えない。


 メラニーにはジークハルトに近づこうとする野心を感じるが、彼女が好いているのは、恐らくリアの兄か弟だ。

 皇太子の寵を得たい気持ちもあるが、彼女の最たる目的は、オスカーかカミルと結ばれることなのだろう。

 

 まあ、メラニーの目的など、どうでもよい。

 リアの情報を得られるなら。

 己の執着心と、凶暴な想いが恐ろしかった。

 リアを大切にしたいのに、粉々に壊してしまいそうだ。

 ジークハルトは、常に己と戦っている。

 

 

 夜会の日、大広間で、公爵と話をしているリアの姿を見つめ、リアを自分のもとにずっと留めておきたい思いに駆られていると、声をかけられた。


「ジークハルト様」


 振り返ると、メラニー・クルムがいた。


「なんだ?」


 メラニーは上目遣いで、甘ったるい声で話す。


「ジークハルト様、花火の前に申し上げた通り、リア様はイザークお兄様と今日も仲良く過ごしておりましたでしょう?」


 メラニーは、リアとイザークが密会していると知らせてきたのだ。


 疑わしく思いつつ庭園に行ってみると、実際にイザークはリアの手を掴み、ドレスにも触れていたので、頭に血が上った。


(密会などではないだろうが……)


「次の日曜に二人はまた会いますわ。リア様、イザークお兄様に本当にしょっちゅう会いにこられますの」


 幼馴染で仲が良いだけだとわかっていても、ジークハルトは嫉妬してしまう。

 

 リアを閉じ込めてしまいたい、今すぐに。 

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