第82話 モーター教とメルキュール家
ソファーから立ち上がった私がネアンと対峙していると、足下にいたカオがにわかに大声で叫び始めた。
「え、え? 何?」
まったく状況がわからない。
少々驚きながら下を向くと、カオは我を忘れた様子で酷く取り乱している。
「この子、どうしちゃったの? 的? 処分?」
一体、ネアンを見て何を思ったのか。
暴れるカオに何度か質問してみたが、彼はただ叫び続けるだけで会話にならない。
しかし、カオが何を言っているのか理解できない私とは違い、ネアンはその意味を正確に読み取ったみたいだった。
「ふん、馬鹿な奴だ。処分が怖いなら大人しく上からの指示に従っていればいいものを。一人勝手な行動をした揚げ句、レーヴルに捕らわれてモーター教の恥をさらし、断罪されるのが嫌だとほざく。心配せずとも、お前は俺がこの場で消す。それが兄としての責任だ」
「兄?」
私はまた、ネアンとカオの表情を見比べる。
「よく似ていると思っていたけど、兄弟なら納得だわ。でも、どうして簡単に弟を手にかけられるの? 殺し合う兄弟弟子なら見た覚えがあるけど、そんな感じかしら」
つい呟くと、フレーシュがあからさまに目を逸らした。
私の弟子たちは皆仲が悪く、私の目を盗んでは盛大に本気の魔法を打ち合っていたのだ。
フレーシュは自分から喧嘩を仕掛ける機会は少なかったが、気に入らないことが起きると兄弟子や弟弟子を凍らせようとしていた。
「師匠、僕らは仲良しな兄弟弟子だったよ? あれは喧嘩ではなくて、可愛いじゃれ合いなんだ……おっと?」
すぐ脱線する私たちに焦れたのか、ネアンが今にも人を射殺しそうな目で私たちを見ている。
「兄弟間の血の絆など関係ない、我々は聖人とはそういう存在だ。俺が高みに登るのに利用できると思いカオを引き上げたが、今のこいつの存在は障害にしかならない。なら、不要だ……処分して、別の聖人を新しく選ぶ方がいい」
(この言い方……大聖堂の司教補佐と全く一緒。簡単に「他人を処分」なんて、上から目線で言い切っちゃって)
カオの言う「的」という言葉はよくわからないが、「処分」というのは、なんとなく理解できる。
そして、ネアンの言い分が、今のモーター教や職業魔法使いたちのスタンダードな意見なのだろう。
そもそも、メルキュール家の「学舎」がなぜ、子供を使い捨てにするような悪しき考えに染まってしまったのか。
根底にあったは、顧客からの無茶な依頼だと私は踏んでいる。
メルキュール家の顧客の筆頭はモーター教だ。
王家や他の貴族からの依頼も来るが、その数は前者と比べものにならない。
そして力関係により、王族や貴族からの依頼よりも、モーター教からの依頼は優先される。
モーター今日からの厳しい依頼に対応するためには、過酷な訓練を子供に課さざるを得ない。
そうしないと依頼は達成されず、メルキュール家は存在価値を失ってしまうからだ。
ただでさえ差別される魔法使いが存在価値をなくせば、周囲からどう扱われるか。
生活が今より苦しくなるのは想像に難くなく、生活の場さえ奪われる恐れもあった。そして、最悪……消される。
今の時代、人々は魔法使いを露骨に恐れ敵視しているので、考えられない話ではなかった。
だから、テット王国で魔法使いが生き延びるには、社会に受け入れられるよう、職業魔法使いとして暮らす術を得るしかない。
反抗して問題を起こしたり、王家やモーター教に楯突いたりすれば、待っているのは、総本山から派遣された聖騎士や聖人との直接対決だ。
これまでのメルキュール家は、実力不足故に彼らに太刀打ちできなかった。
そのため、理不尽な依頼も甘んじて受け続けていたのである。
(私の介入で、多少事情は変わってきているけど)
他人を思いやる余裕もなく、ただただ自分が生きるためだけに過酷な訓練に耐える、メルキュール家の学舎生活。
無事に学舎を卒業できても、無茶な依頼で使い潰され、伯爵家当主さえも寿命が短い。
(そんな可哀想なこと、子供たちに続けさせるわけにはいかないからね)
理由はわからないが、何の因果か私は転生した。
だが、今世で理不尽に虐げられる魔法使いの仲間を助けられるなら、この転生にも意味があるように思える。
(いいえ、ただ魔法使いを救うだけでは不十分。問題はモーター教の中にも隠れているんだわ)
モーター教が簡単に子供を「処分」するような場所なら、あまりにも残酷な話ではないか。
聖人が強大な力を誇示する影で、カオのように苦しんでいる子供は少なからず存在する。
カオは魔力を封じられるのを極端に恐れていた。
それは、魔法が使えなければ聖人としての存在価値が失われ、処分対象にされるからだったのだろう。
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