第71話 隣国での髪色談義

 テット王国とレーヴル王国の南には、オングル帝国という荒れた国が広がっている。

 いや、かつて国があったと言うべきか。

 現在オングル帝国は内乱状態で、無法地帯と化していた。

 そんな国にあってなお、絶大な権力を手にする人物がいる。

 彼は裏社会の王と呼ばれる若い男だった。

 

「……ったく、どこでもモーター教の奴らがうるさくてかなわない。この国の内乱にも手を出す始末だ。大人しく『お祈り』だけしていればいいものを。あー、ウゼェ」

 

 豪奢な部屋の大きくゆったりした革張りの椅子に腰掛け、男――エペ・プラティーヌは不機嫌そのものといった表情を浮かべて足を組んだ。

 肩書きに反して体はすらりと細く、珍しい桃色の髪に中性的な顔立ちをしている。

 だが、あくまで彼は裏社会の王。

 高級な衣服を身に纏い、強大な威圧感を放ちながら周囲の者を圧倒させていた。その目はどこまでも暗い。

 

 そんな中、部下の一人が楽しそうな足取りで部屋に駆け込んでくる。


「エペの旦那、隣国で面白い情報を手に入れました!」

「どうせつまらんだろ。くだらないことをぬかしたら、脳天に魔法をぶち込んでやる」

「おお、怖い怖い……で、情報なんすけど、どうやら大聖堂に聖人が出て大暴れしたとか。そいつ、近隣に魔獣をばらまいたり、滅茶苦茶してるらしいんすわ」


 何かあればすぐにでも逃げられる体勢を取りつつ、部下がエペに告げた。

 

「馬鹿共が。最近の調子の乗り方は嫌でも目につくな。商売相手でもあるから放置していたが……そろそろ潰すか」

「いいっすね! 勢力拡大といきますか! あ、それともう一つ情報が……旦那は興味ないかもですけど」

「なんだ?」

「ちょ……魔法を構えないでくださいよ! なんかその聖人、倒されたらしいっすわ。大聖堂周辺に派遣した部下の話だと、変な髪の魔法使いたちに、連れの聖騎士もろとも瞬殺されたとかで」

「変な髪?」

「すっげー趣味の悪い頭らしいっす。水色と黄色のグラデーションと、紫とピンクのグラデーションでしたっけ。ピンクって、エペ様みたいですよね~……って、ヒイッ!?」


 部下の今まで立っていた場所には底の見えない穴が開き、その奥で真っ黒な闇が渦が巻いていた。

 エペの放った魔法だ。飲まれると、エペが魔法を解かない限りは永遠に戻ってこられない。

 咄嗟に魔法を避けた部下に、エペは冷たい声で言い放った。


「次に、俺の髪色に触れたら……消し飛ばすぞ」


 可愛らしいピンク色の髪を、エペは気にしているのだった。かといって、魔法で手を加える気にもならない。

 自分の髪をいじっていいのは、後にも先にも一人だけ――


(アウローラ、どこにいるんだ)


 そこまで考え、エペはハッと我に返る。

 

「……おい。今、趣味の悪い頭って言ったよな?」

「ええ、はい」


 黒い渦から遠ざかりながら、部下は頷いてみせた。

 

「どこの誰だか知らねえっすけど、魔法じゃないとできない髪色でしょうね。それにしても、ありえないセンス……って、ヒエッ!?」


 部下の立っていた場所に二つ目の穴が現れる。


「な、なんでですか!? エペ様のピンク頭には触れていないのに!」

「うるせえ。今すぐ、その魔法使いを探し出して、俺の元へ連れてこい! あと、奇抜なグラデ髪はセンスがないわけじゃねえ! 趣味が素晴らしすぎて、時代が追いついていないだけだ!」

「……っ!?」

 

 状況を理解できないまま、部下は部屋の外へ走り出す。

 慣れてはいるが、これ以上部屋にいると、いつ三つ目の穴が出現するかわからない。


(意味不明だが、エペ様の探し人を見つけるよう、現地の部下に通達するか。珍しく、エペ様のテンションがハイになってたし)

 

 部下が去ったあと、部家の中には上機嫌なエペが一人残された。


「そうか。あちこち探し回ったが、そんな近くにいたんだな。ああ、もうすぐ会える、アウローラ……今度は逃がさない」


 真っ黒だったエペの目には今、希望の――狂喜の光が宿っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る