第46話 その頃の大聖堂と隣国
メルキュール家に使者を派遣して数日後――
セルヴォー大聖堂の司教アヴァールは、ウラガン山脈の情報を得た部下から報告を聞き、驚愕に目を見開いた。
「何ぃっ!? 魔獣どもが軒並み姿を消しただとぉっ!?」
太った体を座り心地の良い大きな椅子に沈め、上半身だけ乗り出して叫ぶ。
連絡を持ってきた部下の修道士は萎縮しつつ答えた。
「はい、それが……隣国の巣ごと壊滅しているようでして。魔法攻撃された痕跡はあるものの、どこの誰がやったのか皆目見当も付かず」
「あれだけ大規模な魔獣退治となると絶対に目撃者が出るはずだが、誰も何も見ていないのか? 一体どうなっている!?」
「我々にもさっぱりで。山の上から光が降り注いだかと思ったら、魔獣が全滅していたらしいのです」
アヴァールはぶよぶよした顎に手を置き、しばし考えにふける。
(原因は不明だが、魔獣が勝手に壊滅してくれたのは助かった。枢機卿から『逃げ出した魔法実験体の始末』を頼まれ困っていたからな。どこの誰か知らんがよくやったぞ!)
聖騎士や聖人が出動した連絡は来ていない。
(ということは、無関係の第三者が退治したのだろうか)
なんにせよ、モーター教総本山からの依頼を達成でき、ホッと胸をなで下ろす。
お偉いさんが移動中に逃がしたゾンビリーパーの始末だなんて面倒すぎる命令だ。
隣国の魔法使いが重い腰を上げないので、とりあえず立場の弱いメルキュール家に押しつけたが……ゾンビ化した上に繁殖力が強く凶暴な魔獣は、人数の少ない彼らにとって荷が重い任務だった。
「司教様、いかがいたしましょうか」
「うむ、これはきっとモーター神様のお恵みである! 哀れな我らに同情して魔獣を殲滅してくださった、もしくは殲滅できる誰かを派遣されたのだ!」
面倒くさくなったアヴァールは、全てをモーター神様のお恵みとして片付けた。
「おお、なんと素晴らしい!」
部下は両手を胸の前に掲げ、神への感謝の祈りを捧げている。
アヴァールが一番信じるのはお金だが、大聖堂の修道士のほとんどは信心深い。
(それにしても……)
先ほどからアヴァールには気になっていることがあった。
(なんか部下が臭うんだよな。近頃はずっとだ)
大聖堂内のどこを歩いても、修道士たちの体臭が気になって仕方がない。
以前はそんなことはなかったのに。
(修道士は毎晩体を洗う。だというのに、どうして日を追うごとに体臭がきつくなっておるのだ!?)
大聖堂じゅうを覆う酸っぱい臭いに、アヴァールは毎日辟易している。
(近頃は酷い臭いのせいで礼拝に来る者もいないし。貴族の間でも噂になって、寄付の額が減ったりすれば大赤字だ。なんとか解決しなければ!)
不思議なことに、この現象は大聖堂内だけで起きており、礼拝者など外部の人間の体臭は臭くない。
試しに、クンクンと自分の脇を臭ってみた。
(やっぱり臭い! どうして私まで!?)
その様子を一人の中年修道士が青い顔で見つめているのに、アヴァールは気がつかなかった。
※
同じ頃、隣国レーヴル王国の王宮で一人の男がウラガン山脈を眺めていた。
豪奢な部屋の窓から物憂げに外を見る様は周囲を魅了し、壁際に佇む使用人が思わずため息を漏らす。
輝く金色の髪に深い海のように濃い青色の瞳。レーヴル王国第一王子の美貌は国内だけでなく近隣諸国にも轟いていた。
「はあ、第一王子殿下は今日も麗しいですね」
「本当に目の保養です。ご兄弟の誰よりも優秀であられるし、お優しいし完璧な方ですわ」
「そうですね。センスが壊滅的でさえなければ」
そう言って、使用人は揃って主の全身に目を走らせる。
「まったくです。どうして今日の服装が全身カボチャ柄なのですか! 衣装係はどうしたの?」
「それが、『公務を終えたから好きにさせて』と殿下がおっしゃったようで……目に痛い原色の組み合わせですよね。赤と緑とカボチャなんて」
「これだけは外に隠さなくては! 殿下は次期国王に一番相応しいお方、なんとしても我々が押し上げてみせるっ! たとえ本人が逃げ腰でもっ!」
「ええ、そのとおりです。私たち魔力持ちを拾って、厚遇してくださる希有な方ですから!」
当の王子の知らぬところで、使用人たちは盛り上がっていた。
そして王子はというと……
「失われた遠隔魔法……? 誰だろう……?」
小さく呟き、一人切なげに目を細めたのだった。
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