新の目標まで

気付き①

「……ただいま、と」



今日の晩御飯の材料を片手に、俺は会社から帰宅した。

靴を並べ、手を洗って、冷蔵庫に材料をしまって――


手に取るのは、ヘッドギア。

帰宅後間もなく――俺は、それを起動する。



《ようこそ!リアル☆キッチンへ!》


《今晩は何を作りますか?》



構築されていく、一般家庭の調理器具、調理家電達。

その仮想世界は、いつもの様なファンタジー世界……ではなく、ただのキッチンだ。


RL以外にも、このヘッドギア対応のゲームに俺は手を出している。


『リアルキッチン』。RLのヘッドギアを用いてプレイ出来るソフトの一つ。

ただのお料理体験ソフト――そう侮るなかれ。


RLほどではないが、初めてこれを触った時は衝撃だった。

なんせ……そっくりそのまま、自宅のキッチンを再現したり。

食材のそのリアルさ、触感、そして何とAIによる味判定機能まで。


リアルとゲーム、もはやどっちがどっちなんだか。

ちなみに税込み五万。安いか高いかは人に依るだろうなコレは……個人的に、趣味だった貯金を崩して買う程に価値はある。



「今日はオムライスで」



《かしこまりました!種類をお選びください》



「じゃ、ノーマルでお願い」



そう言うと、俺の目の前に数々の材料が『召喚』された。

……VRは、RLだけじゃないってもんだ。





「……」



黙々と材料を包丁で切っていく。

今まで全て適当にやっていたが、切り方ひとつひとつこのソフトは丁寧に教えてくれる。



「こんな事、誰も教えてくれないからな……」



俺がまだ小さい時……花月家に居た頃は家事はすべて使用人さんがやっていたからな。

そのあと家から出て一人で暮らし始めてからも、料理なんて手を付けなかったツケだ。



《玉ねぎは更に細かく切りましょう。利き手ではない方の手で包丁の先を抑え、利き手を上下にゆっくり動かしてみじん切りに――》



アナウンスと共に、俺の右腕が勝手に動く。

始めは身体が勝手に動き、感覚を覚えさせてくれるのだ。



「はいはい――っと。……利き手、か」



ふと、そのワードで我に返る。

今までずっと、当たり前のように利き手を右でやっていたが――

ある意味、これも未だ上手く扱えない『左』に慣れる練習になるかもしれない。


調理工程を左で行う。

刃物も使う為、現実世界でいきなり試した場合色々と目も当てられない事になる。


例えば調味料を入れすぎたり、フライパンを綺麗に振れなかったり、料理って、意外と器用にしなくてはならない事もある。

この空間に、DEXによる補正なんてモノもないからな。



《持つ手が逆です》



デモンストレーションが終わり左に包丁の持ち手を移すと、そう言うアナウンス。

……少し心が痛むが、このまま進めてみるか――



《……》



無言は無言できつい。

すいません、頑張るんで……



《大きさに偏りがあります。もう少し全体的に切りましょう》



すかさず突っ込みが入る。

……やっぱり中々上手くいかない。


そんな中、俺は焦ってしまい――



「――痛っ!」


《――危険です!刃物を扱う際は落ち着いて行ってください」



手が滑り、指に刃が当たってしまった。

反射的にそこを見たが――VRだから怪我一つしていない。


……痛みも発生していないはずなんだが……今、確かに俺は刃を恐れた。

RLではあまり感じなかった事だった。



「……痛み、か」



呟きながら、俺はそのまま左で包丁を持ち、切っていく。

さっき、手を切りそうになった時より段違いに上手く出来た。



《その調子です》



褒めてくれるアナウンスを聞きながら、俺はそのまま作業を進め、同時に頭を動かしていく。


どうして、俺は今、こんなに上手く出来てるんだ?

ただの刃物を使った調理工程なのに、RLの戦闘よりも緊迫感がある。


RLでの戦闘よりも、自分が今持つ包丁の方が怖い。さっきの痛みの錯覚も、今の緊張感もそうだ。ファンタジーでないこの現実に近い風景が、リアルさを与えているからか?



「……そっか」



あれから『左』に慣れる為、がむしゃらに色々やってきたが――


それ全てに、足りないモノ。

何となく――俺は分かった気がして。



《調理途中ですが、セーブして終わりますか?」



「はいっと……また戻るよ」



居ても立っても居られずに――俺はまたヘッドギアを被る。

……今度こそ、RLの世界へ行く為に。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る