第38話 日曜の夕方に寂しくてどうしようもなくなったらどうすればいい?

 やだよねこの時間帯。

 ずっと前からずっと嫌だ。

 壁に背を当てて体育座りしようが枕に顔を押し当てようが泣こうが喚こうが死のうが変わりやしない。


 あ、『死のうが』なんて入れちゃった。忘れてね。


 わたしは朝早い時間からずっと車を運転してた。この間仕事の一旦をチラ見せしたけどまあああいう感じの仕事が多くて普段何もなければとことん何もないけど一旦対象者が出たらまさしく『明日をも知れぬ』って状態になるから即現地に駆けて間に合えば間に合ったで相手と話し、間に合わなければそれまでのことだ。


 日曜日に車を運転するのは明日をも知れぬ人が出そうな予感がした時、予め現地の地理や道路の状態を調べておくためではあるんだけど。


 時にはわたし自身のためでもある。


「いいな。鳥の鳴き声って」


 標高はそんなでもないけど、山に入った道をレンタカーで登り続けている内にわたしはドアウインドウを下ろした。


 けれどもドアウインドウを下ろすその行為が、鳥の声と山の風を感じるためのものでなく、安全確保のためのものとなった。


「あ・・・・・・・っ・・・・・・・と。え・・・・・・・ええっ!?」


 対向車と決してすれ違うことのできない幅員の道であるだけでなく、右側が法面のりめんで左側が崖になっているその道のヘアピンカーブの場所の左側はアスファルトが崩れてて、畳二、三枚分ぐらいの大きな鉄板が重ねて敷いてあって。


 わたしはまずは運転席のドアウインドウから首を出して下を見ながら法面と車の隙間をできるだけ詰めた。当然ながら左側の鉄板の上に車がのしかかる重量をできるだけ減らすためだ。この時わたしは突然走馬灯のように記憶が蘇った。


「内輪差、ってなんだっけ?」


 わたしが厳しいことで有名なその教習所で仮免の路上実習を教官から受けていた時に『内輪差ないりんさなんて!』と冗談など決して言わないだろうという教官が放った、しかも駄洒落にすらなっていないそのひとことが、わたしの危機を救ってくれた。


「うわ!危なかった!」


 わたしは一旦車を止めて曲がり始めていた左の後輪を見て頭の輪郭を流れている血がそのリングのまま下に一気に下がったみたいな感覚になった。


 鉄板の、完全に崖の外側にはみ出た部分を通ろうとしてたから。


 運転席に戻って動かない頭をフル回転させてハンドルを戻す位置と後輪がどうなっているかを考えながら軌道修正した。すごくめんどくさいけど、車を20〜30cm動かすごとに止めて降りて後輪を確認して、っていうことを繰り返してなんとか通過できた。


 現地に着いたらもうナビにも地図が入ってないような場所でね、しょうがないからスマホで地図アプリを出して少し離れた道路の位置関係から推測していったんだよね。


 そうしたら道路と目印になる形状が二択になったんだ。


 地図上に鳥居のマークがふたつあったんだよね。


「どっちかなあ・・・・」


 でももう判断がつかなかったので、二箇所とも行ってみるしかなかった。地図上で遠い方の鳥居の場所から行ってみることにした。


「神明社」


 だから、天照皇大神宮さまのお社だ。


 わたしは小川から流れる清流をそのまま利用した手水舎の横にある苔がむした石段を、厳粛な気持ちで登って行った。


 厳粛にならざるを得ない。


 だって結果的にこのポイントはナビでわたしが目指した場所じゃなかったから。


 本来ならわたしが決して参拝させていただけるはずの無い神様でおわしたわけだから。


 わたしのこの感情は表現のしようがなかった。自分で自分の感情が分からないっていう感情の時ほど実はほんとうなんだ、ってずっと前にわたしは気づいたことがあったから、だから、少し目が潤むような感覚でお辞儀をした。


 道を少し戻ってもうひとつの地図上の「加茂社」さまに参拝して、そうしてわたしは目的の場所までそのまま歩いて目指した地点を確認できた。


 実は、山から降りるっていう行為が、わたしはとても寂しく感じられるんだよね。


 午前の内に車で山から降りてきてレンタカーを返してさ、そうしたらなんだか午後はとっても悲しくなったんだよね。


 わかってくれるかなあ。


 だからほんとうは本も買えないし借りられもしないのにレンタル映画と本屋のくっついたお店に歩いて行ってみたりしてさ。


 そしたら色んなこと想像しちゃって。


 このお店の中に、わたし以外に寂しさに耐えられなくて、ただただ明日の月曜までの時間が恐ろしくてやって来たひともいるんじゃないかな、って。


 ぱっ、と見て何人か見つけたよ。

 中学生ぐらいの男の子とか高校が楽しくなさそうな女の子とか。


 かわいそう。


 わたし自身が寂しいのに、その子らがとってもかわいそうに感じたよ。


 わかってくれるかなあ。


 夕方の弱い柔らかな光になってくると余計にこの感じが強まるんだよね。


 ねえ。


 わかってほしいな。


 多分ほんとうに人を救えるのは自信に満ちた人じゃないってことを。


 自分自身が寂しくて寂しくてたまらなくて、だから同じように寂しくてたまらないって感じてる子たちを今すぐ救おう、って思わずにはいられない人だってことを。


 だって自分自身が明日を待たずに今すぐ救われたいから。




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