運命

 

 その秘密、いつ気づいたんだろう。

 サラは子爵家の生き字引たる執事にそう質問してみた。


「いつから? じいやが私より幼いころにひいおばあ様は帝国に行かれたはずなのに」

「そこまで気づいたのははるかな後になってからですな」

「後って……じいやは、どこで気づいたの?」

「ミシェル様が次女の御方を我がレンドール子爵家に嫁がせた後でございます」

「そう、なのね。亡命から二十年近く後なんだ」


 さようです、と執事はうなづくとそろそろつく頃ですなと言い、侍女たちに合図をする。

 二人は馬車内に忘れ物がないように確認をしていた。

 その合間、執事は話を続ける。


「ただ、ミシェル様は――後の国王になった王子に身体を奪われなければ……帝室に亡命しようとは思わなかったでしょうな」

「過去にも現在にも暴力が全部を狂わせた、か。でも皮肉ね?」

「はい、皮肉な運命がございますな」

「ひいおばあ様がこの国に戻した子供は帝室の血を引いていた、そうよね?」

「それは間違いございません」

「でも、当時の王子に強姦と言えば聞こえは悪いけど。彼との間にできたまま帝国に亡命後に産んだ一子が……」


 サラが言い淀むと執事はうんうん、と相槌を打つ。

 それは隠された帝国皇室の歴史だからだ。


「その子供は王家の血を引いたまま、帝室の男子と結婚されました。もちろん、父親が誰かは真実は告げられないままですが」

「そして、その夫になった男性はその後に皇帝なったなんて……運命の悪戯だわ。王家の血は既に帝室に戻っていたなんて知らなかった」

「家人でも知る者は少ない……当時の執事であった我が祖父や当時の当主様だけの秘密だったとか」


 結局、誰もが欲しかったものは予想もしなかった形で成されているものなのかな。

 そう思ってしまうサラだった。

 国王はその真実を知り、サラに対する怒りをおさめたのだから。でも、レイニーの子供は庶子。

 これから運命の荒波に翻弄されるだろうけど、そこは許して欲しいとはサラは思わなかった。

 恨むなら、身の程を知らずに牙をむいたレイニーと、暴力で自分を従えようとしたロイズを恨んで欲しい。

 そう思っていた。

 そして、馬車は目的地に向かい走り続ける。


「ついでに運命は二度、訪れるのかもしれないわね?」

「……良い出会いありましたか、お嬢様?」

「良いかどうかは判断に困るわ。だって、一度はあちらからの提案を無下にしたんだもの。袖にした立場からとしては受け入れて欲しいなんて……贅沢だわ」

「しかし、こうして向かわれている訳ですし。なぜ、その時にお断りに?」


 執事の不思議そうな顔を見て、サラはそうねえ、と考えてみた。

 あの時、会場で彼の悪役になるよという提案を飲んでいればここまでめんどくさいことをしなくても済んだかもしれないのだ。


「……良き賢き皇帝陛下に。なって欲しかったから、かな。殿下が、ロイズがいるのに、好きですなんて。言えなかった……」

「しかし、歴史は繰り返す。今度は愛する男性の側になんの障害もなく行けるではありませんか。ミシェル様はさぞ、苦悩されたと思います」

「愛していない男性の子供を、それも無理矢理孕まされたなんてね。最悪だわ」


 そして、馬車は静かに停車した。

 波止場に停泊しているそれは内海の運航から外洋の航海まで可能な船。

 停泊している船上にはサラを帝国へと運ぶべく、帰国の期日を過ぎてもなお外洋で待ち続けたアルナルドの影があった。


「では、お嬢様。どうかお幸せな人生を」

「……ありがとう、じいやも元気でね」

「行ってらっしゃいませ」

「ねえ、じいや?」

「何でございましょう?」


 サラは馬車の中でずっと口に出さなかった疑問をそっと執事だけに告げた。

 彼なら、その答えを知っているような気がしたから。


「どうして、ひいおばあ様の子供。この国の王子との間に生まれたその真実を、私のおじい様や帝室の人々は秘密にしようとしたのかしら? その時に打ち明けていれば、我が家はもっと早く。そう……こんな憎しみを抱いたまま報復なんてしなくても良かったかもしれないじゃない?」

「それは……恥になるからでしょうな。王子は既に肉体関係をミシェル様と持っていた。それはある意味、内内の妻とも言えるべきことですから。単なる婚約者を奪われたのとは訳が違ってきます。王家は親戚にあたる各国から物笑いの種にされたでしょう」

「そう。結局、みんな体面だの外聞だのを気にして滅んでいくのね。そしてまた――」

「はい、王家は帝国に大事な女性を奪われたことになります」

「捕まれば死罪ね。ありがとう、じいや」

「……どうかお幸せに、お嬢様」


 この夜、王都から一隻の外洋船が帝国に向けて出港した。

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