レイニー
友人たちは不思議そうにサラを見つめていた。
あんな有名な役者を知らないの、そう言わんばかりに。
「貴方、殿下とは行かないの? オペラ会場では殿下のことをよく見かけるわよ?」
「殿下は公儀でお忙しいから……」
「サラ……」
つらそうな顔を見せるサラを友人たちが慰めようとする。殿下の婚約者に対する扱いと、この会場に現れた珍客に対する扱い。
その差がどれほどひどいものかは、友人たちだけでなくその親たちにも伝わったらしい。
サラとロイズの現状を少しは理解した上級貴族たちは、サラに同情的な立場だった。
「サラ様。ラグラージ侯爵令嬢レイニー様を招待されてはいない、と?」
「分かりません。ですが、代理の方は来られていました」
ふむ、と彼らは娘たちに目で訴えられるよりも早く、互いに目配せをして何かを決めたらしい。
「なるほど、侯爵家から代理人が来ていることを見れば招待されていないことは明らかでしょう。あれは招待客ではありませんな」
「確かに、ここは我らが話を合わせますから一度、部屋を出られたほうがいい。そのうえで招待していないと家人に言いつけて帰らせるのが賢いかと思いますな」
その提案はサラにとっては魅力的なものだ。
しかし、子爵家にとってはどうなのか。彼女には判断がつかなかった。
「それは……よいことなのでしょうか? 皆様にご迷惑がかかると思うと、うなづくことが出来ません」
「いいのですよ。こちらもあの令嬢には少しばかり、そう。あまりよい印象はありませんから。ほら、お前たち。サラ様をお部屋からお出ししなさい。見えないようにな」
「……皆様、失礼します」
一人の伯爵の提案でサラは友人たちに紛れて大広間を後にすることが出来た。
レイニーとサラの仲が好ましくないことは、端から見て明らかだったようだ。
別の部屋へと移動したとき、サラはふと思ってしまう。
殿下はあれだけレイニーが心配だと言い、このパーティーを欠席したのにその心配された相手はここにいる。
ロイズとレイニーには明るい未来はないのかもしれない、と。
「ねえ、レイニー様の遊び癖はどこまで知られているの? 私は学院内で収まっているものだとばかり……」
「どこまでって? ああ、どれくらい遊んでいるかってこと? それともどこまで知られているかってこと?」
「……どっちもだけど」
「その意味なら、下手をすれば王宮までじゃないかしら」
「王宮にまで……? 殿下は他の男性と彼女が楽しんでいることを知っているのかしら。私といるときは、いつもレイニーの話題ばかりするのに」
サラはついそう愚痴ってしまった。
友人たちが向けてくる視線には同情が増すばかりだ。
「そうなんだ。それは辛いわね。殿下がどう思っていらっしゃるかまでは分からないわ。でもレイニーを大事にするのなら、あの子と結婚すればいいのに」
「……ごめんなさい。こんな話をするべきではなかったわね」
「いいのよ。殿下も、幼馴染だからってレイニーを大事にされるのもどうかと思うけど」
「殿下に文句は言えないわ、殿方の行為はいつも正しいもの。でも、私と同じくらい付き合いのある令嬢は学院に何人もいるのに。殿下は……爵位も家柄もうちよりも良い令嬢方では不満なのかしら」
このサラの返事は友人たちにとって意外だったらしい。
何言っているのよと全員からありえなーい、と言われてしまった。
「あなた、自覚がないわよ、サラ? 何言っているのよ、ここに集まっている貴族のなかでも最上位に位置する家柄なのに。レンドール子爵家といえば、王家どころか帝国の皇室とも縁戚関係にある王族に継ぐ家柄じゃないの。しっかりしなさいよ」
「そんなこと言われても、没落した家柄だもの。それに、殿下の御心は、私には向いてないのよ、多分……氷のように冷たい女だってお叱りを受けるし、たまにぶたれるわ」
「……は? そんな仕打ちを受けて黙ってるつもりなの?!」
「婚約者だし、相手は殿下だし。文句……言えないでしょ? 貴族の女は夫や父親に従うものだし……」
「それは建前じゃないの。ああ、もう! どこまで淑女って枠に囚われているのよ!? じゃあ仲の良いアルナルド様にお願いして陛下に口添えしていただくとか、なんでも方法はあるでしょ?」
「アルナルドは……その。もう、関係ないから」
「サラ――!?」
周りの心配はありがたい。だけど、アルナルドもそうだし、我が家には前科者がいるのだ。
サラはそれを友人たちの前で言う気にはなれなかった。
ちょうど、侍従の一人がレイニーを玄関まで見送ったと報告をしてきたので、サラは会場に戻ることにした。
ばつが悪そうな顔をして友人たちより一足先に戻った会場の雰囲気は最悪だった。
招待されていないから帰れと言われたレイニーがさんざん騒ぎもめたまま逃げ去ったらしい。
場の雰囲気を乱されて困り果てた家人たちと、レイニーの振る舞いにあきれ果てている来客たちがそこにいた。
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