再会
リアは村から離れ、どこかに歩いていく。
「追いかけるか」
オレも村から離れ、リアを追いかけていった。
村が見えなくなった頃、ようやくリアが住んでいると思われる建物が見えた。
畑と井戸がついている質素な一階建てのログハウスだ。
周りには建物がなく、リアは一人で暮らしているように見える。
リアが建物に入ったのを確認し、オレは扉へと張り付く。深い意味はない。
タイミングを見計らって、扉をノックする。
「はい、どなたでしょう」
リアがこちらに向かってきた。
久しぶりの再会だ。何を言おうか。
オレの心臓は激しく鼓動を打っていた。
「私に御用ですか?」
リアが出てきた。
オレを見ても驚かないあたり、リアもオレの変身魔法で人間に見えているのだろう。
なんとか心臓を落ち着けることに成功し、オレは普段どうりに話す。
「この杖を届けにきました」
オレは手に持っていた麻袋をリアに渡す。
「杖って…… この袋の中ですか?」
袋の口を開け、リアは中身を取り出した。
「この杖って…… まさか……」
驚いた表情でオレを見つめてきた。
「この杖は魔界に置いてきたはずです。なんでここに……」
「オレがコンランスだからだ」
兜を脱ぎ、素顔を晒す。
「あれ? あなたはどなたですか?」
おっと、変身魔法が掛かったままだった。
変身魔法を解くと自分ではもうかけ直せないのだが、この際気にしなくていいだろう。
変身魔法を解き、オレはダークエルフでの姿に戻った。
「コンランスさん⁉︎ どうしてここに⁉︎」
床から飛び上がってリアは驚いた。
美女には似つかない驚きの表情だが、それも可愛らいい。
「お前に会いにきた。変身魔法で人間の格好をしていたのだ」
「どうして私に会うためにそこまでするんですか? 魔物が人界に入るのはとっても危ないんですよ」
「それぐらいわかっている。でもお前に会いたかったのだ」
嘘偽りのない本心だった。
自分に会いにきてくれたことが嬉しかったのか、リアは顔を赤くして手で覆った。
その表情も束の間、すぐに暗いものとなる。
「会いにきてくれたのは嬉しいですが、すぐ帰ってもらうことになると思います」
「なぜだ?」
「私はもうすぐここからいなくなるからです」
その顔には悲痛なものがあった。
「処刑のことか?」
返事をしない。おそらく当たりだろう。
しばらくして、リアが口を開き始める。
「私は魔物にさらわれ辱めを受けたと人々に思われています。それで、そんな汚い勇者は殺して次の勇者に力を受け継がせるべきだと考えている人が多いんです」
以前に聞いた内容と全く同じだった。
「オレはお前に何も辱めなどしていない。お前の身体は綺麗なままだろう?」
「そうです。でも誰も私の言うことを信じてくれません」
「しかし、お前は先ほど村の人と話していたが?」
「この村は情報が回るのが遅いんです。
この村の人は私がさらわれたことを知りません」
おそらく、この村の人々もリアの事情に気づいたら手のひらを返すとリアはわかっているのだろう。
隠し事や嘘はリアが嫌うことのはずだ。
それでも隠し続けるのは、真実を言えば居場所がなくなるのがわかっているからだ。
泣き崩れそうなリアをそっと支える。
「もう一度オレのところに来ないか?」
この時、オレは考えなしにいきなりプロポーズのようなことを言ってしまった。
「えっ……」
いきなりのことにリアも戸惑っている。
正直、今から一緒に魔界に帰ろうとしても無事帰れるか怪しい。
一緒に魔界に帰るのは今のところ現実的じゃない。
「いや…… これはそんな深い意味じゃなくてだな」
「わかってます。私を心配してくれてるんでしょう?」
察しが良くて助かった。
お互い黙ったまま見つめあっていた。
少しずつ顔が近づき、もう少しで触れ合いそうだ。
奴が現れたのは最悪のタイミングだった。
「リア、久しぶりだな。用事で近くに来たから少し話そ
うぜ……って」
赤い鎧のせいで顔が見えないが、おそらく目を見開いていることはなんとなくわかる。
オレとベルがキス寸前になっているのだ。
レーグでなくても誰でも驚くに決まっている。
「よくもリアをたぶらかして……貴様ァ!」
「落ち着け、これには誤解があってだな」
「キスに誤解もなにもあるか! 表出ろや!」
手に負えなさそうだった。
ここで暴れてはロズハウスが木っ端微塵になるので、オレたちは外に出た。
夜の草原はロマンチックだった。
どこまでも広がる緑の海。
見上げれば空に広がっている満天の星。
気持ちいいそよ風。
剣に炎をまとわせ、烈火の如く怒るレーグ。
最後のがなければ完璧だったんだがな。
「ここまで追ってきてリアに手出ししやがって、どんだ
け執心深い奴なんだ」
執心深いといえばまあ、執心深いのか。
だが、それはリアに会いたいという純粋な重いだけで、他のものは一切ない。
「オレはリアに手を出していない」
「だが、出そうとはしていただろう?」
正直、出そうとしていた。
レーグが来なかったらキスは上手く行っていただろう。
奴さえ来なければ完璧だったのだ。
「オレはベルの意思を尊重している。無理矢理手を出す
真似はしない」
「どうだかな。魔物の王子と言っても、所詮は魔物だ。
本能だけで動いてるんだろ?」
さすがにイラっときた。
なんとか穏便に済ませたかったが、無理だった。
「レーグ、お前も用事は嘘で、本当はリアに会いたかっ
たのだろう?」
「そんな訳があるか。オレはお前を探す依頼を王から受
けてたんだ!」
王にはオレの正体がバレていたのか。
それなら、なぜ王宮にいたときに捕まえようとしなかったのだろうか。
「ここまでオレのことを見つけられなかったお前は無能
ということだな」
「誰が無能だこの野郎!」
レーグはオレの挑発に乗ってくれた。
乗せたはいいが、ここからどうするか。
まともにやり合っても引き分けが精一杯だろう。
ここから魔界まで帰ることを考えると、なるべく体力は残しておきたい。
目の前のレーグは今にも切りかかりそうな勢いだ。
完全に詰んだ。
「レーグさん! あれは私からお願いしたことなんで
す!」
オレを助けに入ったのはリアだった。
「リア、お前脅されてるのか?」
「脅されていません。本当に私から頼んだんです」
先程までの怒りはどこへやら。
レーグはリアを信じられなさそうに見ている。顔はわ
からないが。
「リア、お前はこの魔物を助ける気なのか?」
「はい」
迷うことのない返事だった。
「魔物を助けると死刑になると知っててもか?」
「はい」
そんな決まりが人界にあったことをオレは知らなかった。
魔界にも人間を助けたら罰が下るという決まりがあった気もするが、適用例がなくてはっきりと覚えていない。
なぜなら魔物が人間を助けることなどありえないことで、実際そんなことは有史一度も起きていないからだ。
レーグとリアはしばらく向かいっていた。
しばらくして、レーグはやれやれと言うように首を振る。
「あの純情だったリアがまさかこんなダークエルフに惚
れるなんてな」
どうやらレーグは折れてくれたらしい。
「いいじゃないですか……別に」
レーグの鎧ぐらいリアの顔は赤かった。
そっぽを向いていて表情がわからないが、仕草はとても可愛らしかった。
「わかった。
オレはもうお前たちに手を出さない。
お前たちがどこに行こうとオレは関与しない。
だが、もし王の命令でお前たちを殺せと言われれ
ば……わかってるな?」
「わかっている」
勇者であるレーグにも立場がある。
不本意ながらも俺たちを殺すこともあるということだ
ろう。
「最悪、お前だけを殺してリアだけ連れ帰らせてもらう
からな」
「覚悟の上だ」
オレとレーグは和解することに成功した。
ほとんどリアが仲介してくれたおかげなのだが。
「今日のことはオレは黙っておく。
王にも魔物は見つからなかった、リアは行方不明にな
ったと報告しておく。
それ以上のことはできん」
「それだけでも十分だ。感謝する」
返事もせず、レーグはその場を去った。
オレとリアは草原の中に取り残された。
「レーグさん、行っちゃいましたね」
「なかなかいい奴だな」
「でしょ?」
リアは少し自慢げだ。
憎い奴だと思っていたが、どうやら違ったようだ。
「私たちのことを黙っておくと言ってましたけど、大丈夫でしょうか」
「あいつのことだ。きっと大丈夫だろう」
オレがレーグといた時間は一日にも満たないかもしれない。
それでもなんとなく、奴ならしぶとく生きていくことができるだろうという予感がした。
「とりあえず、家の中に入りましょうか」
「そうだな。少し寒くなってきた」
オレたちはリアの家へと帰っていった。
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