第82話
「あ、あの……」
獣人たちをリツたちが見送っていると、ダークエルフの族長であるテリオスがそっと声をかけてくる。
「――ん? あぁ、みんな無事でよかった。多少怪我はしたみたいだけど……まあ、結果オーライってことで」
テリオスを見て、他のダークエルフを見て、大きな怪我をしている者がいないことに、リツはひと安心する。
「本当に、ありがとうございました!」
そのタイミングで、テリオスは涙ながらにガバっと勢いよく額を地面につけて感謝の言葉を口にする。
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
他のダークエルフたちも声を震わせながらそれに続く。
「あぁ、別に大したことはしてないから気にしなくて……いや、セシリアは南に獣人たちを集中させるというかなりのことをやったから褒めていいかな。というわけで、みんなこちらのセシリアに感謝を!」
リツは、今回の里奪還において、もっとも活躍したのはセシリアだと思っていた。
だからこそ、彼女に礼を言うのが筋だろうと考えて彼女に笑いかける。
「セシリア殿、ありがとうございました!」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
すると、リツに促されるままに、全員がセシリアに向かって頭を下げた。
「……えっ!? いえ、私は別に、それよりリツさんのほうが……ってあれ?」
こんな大人数に頭を下げられて戸惑いながら話をリツに戻そうとするセシリアだったが、リツの姿が見当たらない。
「ミゼル、うまいことやってくれたみたいでよかったよ」
リツは少し離れたところでダークエルフたちがセシリアに感謝している様子を見ているミゼルに声をかけていた。
ここにはかなりのダークエルフが集まっており、それは彼が他の場所にいた面々を解放してくれたことを示している。
「いえ、結局はリツさんがいなければどうにもなりませんでしたから……私からもお礼を言わせて下さい。ありがとうございます」
ミゼルは自分の力が足りなかったせいだと悔やんでいるようで、力なく首を振ってからリツにお礼を言った。
族長の弟として、ミゼルもできるだけのことをやろうと努力した。
しかし、三獣人にやられてしまったことは、自らを不甲斐ないと思わせるに十分だった。
「いやいや、十分だよ。みんなを集めてくれたおかげで、他の獣人が残っている危険性や、他のダークエルフが人質にとられている可能性を消すことができたからさ」
ふっと表情をやわらげたリツがそう言っても、ミゼルの表情はうかないままである。
「とにかく、俺が頼んだのはみんなを助け出すことで、それを達成してくれたから俺としては十分すぎる結果だと思っているよ……それでも気になるなら、次に同じようなことがあったときにみんなを守れるように強くなっておくといい」
リツも勇者として駆け出しだったころ、自分の力が足りずに悔しい思いをしたことがあったことをふと思い出す。
彼の心が抱える悔しさをなんとかするには、彼自身で乗り越えるしかない。
それはリツが経験してきて痛いほど理解していることだった。
そして、乗り越えるには同じようなことが起こった場合に、今度こそはみんなを守るという結果を残すことが一番である。
「っ……はい、必ず!」
先ほどまでの浮かない表情だった彼は顔を上げると力強く頷く。
ミゼルも今のままでいいとはもちろん思っておらず、自分自身が力をつける必要性を感じ取っていた。
「――ミゼルだけじゃなく」
ここで、リツは少し大きめの声を出す。
「俺が知っているダークエルフはもっと強かったはずだ。あんな獣人たちに負けることがない程度にはね」
それを指摘されると、ダークエルフたちは肩を落としてうつむいてしまう。
「そもそも、エルフをライバルとして考えていたからこそ、負けないようにと研鑽を詰んでいたはず」
「なるほど、エルフのみなさんが世界樹の上層にいたから会うことがなかったんですね……」
リツの言葉を聞いて、セシリアもダークエルフが弱くなった理由を察する。
「だけど、種族として弱くなったわけじゃないとも思っている。意固地になってのびしろを伸ばそうとしていないだけだってな」
つまり、リツは彼らが強くなることを期待していると言外に言っていた。
「私は必ず強くなります!」
先陣を切って胸に手を当てて力強くミゼルが宣言する。
彼はここにいるダークエルフの中でも、上位に位置する実力を持っている。
将来は族長であるテリオスを支える優秀な存在となることは皆が認めていた。
そんな彼が宣言することは、他の者たちへと勇気を与えることになる。
「俺も!」
「私も!」
「ふむ、まだまだ強くなれるなら……」
ミゼルの言葉に続いて、それぞれが自身の想いを表明していく。
若いものも、ミゼルよりも年上の者も、目に力強さが戻っていた。
「私も、族長という立場に甘えていた……これからは一戦士として強くなっていくことを誓います」
テリオスもリツの言葉に、そして仲間たちに熱さに心を動かされていた。
彼こそが、リツの実力に叩きのめされ、里の奪還でさしたる力を発揮することができなかったことに心を強く痛めていた。
だからこそ、自分が強くならなければならないと、最も強く思っていた。
「そうなれば、里が侵攻されることもそうそうなくなるだろうね」
トップが強さを見せつければ、外から襲おうなどという考えは出てきづらい。
今回魔王ティグフルスがダークエルフの里に目をつけたのも、恐らくはダークエルフの強さが弱くなっていること、そして常にエルフに対抗意識があることに付け込んだことが原因だと予想できる。
「それと、エルフとダークエルフのどっちが優れているとかは別にないよ。強い個人はどっちにもいるし、弱い個人もどっちにもいる――でもって、どっちも俺には勝てないよ」
意識が変わったことはいいことだが、考えが変に偏るのは良くないと語る。
だから、そんな種族意識で争ったり、妬む気持ちを持つのは勿体ない――それがリツの考えだった。
「そういう暗い心を持っていると、そこを突かれるなんてことはよくあるから、まずは自分たちの成長を見つめ直すといいんじゃないかな」
ふっと笑ったリツが言ったこの考えは、テリオスもミゼルも持っておらず、目からうろこが落ちているようで、呆然としていた。
「まあ、お説教みたいなのはおいといて、魔王ティグフルスの居城がどこにあるか教えてもらってもいいかな?」
すぐにどうこうするかはわからないが、それでも情報としては持っておきたかった。
「わかりました、こちらへいらして下さい」
もちろんその情報や地図を持っているのはテリオスであり、しっかりと頷いた彼の案内で族長の家へと向かうこととなる。
「そうだ、ミゼルも一緒に来てくれる? 少し二人に話しておきたいことがあるから」
「は、はい……!」
リツの意味深な言葉に、大事な話なのだろうと感じ取ったミゼルは緊張しながらついて行く。
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