第53話
「それで、セシリアはどう思う?」
二人はソルレイクの大迷宮に向かうため、森に入ってから、三十分ほど歩いている。
そこで、不意にリツがセシリアに質問を投げかけた。
ここまででなにか気づいたことはあるか? という意味を込めている。
「そう、ですね。これって多分ですけど、同じところ歩いてますよね」
「正解!」
期待していた答えが返ってきたことで、リツは嬉しそうに笑う。
「やっぱり! あっててよかったです……でも、なんでこんなことになっているのでしょうか? 真っすぐ進んでいて、横に逸れたり曲がったりはしていないはずですけど……」
答えがあっていたことに安堵しながらも、現在の状況が理解できず、セシリアは首を傾げている。
「これは森自体が迷宮になっているパターンだね。ここに入って力のないものは、入り口に戻される。ここの森がなんの変哲もない場所と言われているのはそこに理由があると思う」
一定の場所までしか進めず、戻らされていることにも気づかない。
そんな人たちはここにきても口をそろえてあの森にはなにもなかったよ、と答得るはずだとリツは思った。
「で、少し力があると追い返す力には対抗できるんだけど、中途半端だと中に引き込まれたまま出られなくなってしまうんだよ」
「――えっ!?」
セシリアはリツの答えに驚愕してしまう。
彼の話が全て真実だとすると、今の自分たちは迷宮の中に引き込まれてもとに戻れない状況になっているのではないかとぞっとしたセシリアの表情は青ざめていた。
「えぇ……なんでそんな顔してるのさ? 俺たちの目的は最初からソルレイクの大迷宮だったはずだろ?」
「で、でも……」
大迷宮までたどり着いていないのに、その前段階の森ですら迷ってしまい、次に進めずにいる。
その現状はセシリアに暗い陰を落としていた。
「何か勘違いしてそうだけど、ここがそのソルレイクの大迷宮なんだよ。森自体がダンジョンになってる。力のある者しか受け入れないのはある種優しくて、ある種厳しいけど、ソルらしいといえばソルらしいかなあ」
リツは昔の仲間が作ったであろうダンジョンに来たことを、どこか感慨深く思っていた。
「えっ!?」
しかし、セシリアは衝撃的なことを聞いたため、ビックリして固まっている。
「さてさて、どうやってこのループから抜け出そうかな」
そんな彼女をおいて、リツは既に突破方法を考え始めている。
「ちょ、ちょっと待って下さい! おいてかないでください! 私の話を聞いて下さい!」
このままでは自分の疑問が解決されないまま進んでしまうと考えたセシリアは、困ったようにリツに強く問いかける。
「え!? そんな慌てることないって……ほんと面白いね、セシリアは」
それに対してリツは驚き、落ち着いたところでふっと笑うと、焦った様子のセシリアの反応を可愛いと思いつつ、あえて面白いという言葉で誤魔化していた。
「む、面白いだなんて、少し失礼じゃないですか?」
笑われたことで、今度は頬を膨らませて怒り始める。
(最初の頃は感情を抑えていたり、おどおどしている感じがあったけど、こうやってちゃんと思っていることを言ってくれるのはいい変化だなあ)
怒っている彼女とは対照的に、リツは笑顔で彼女のことを微笑ましく見守っている。
「もう! わかってます? 私、怒っているんですよ?」
笑っているリツへとセシリアが不機嫌そうに追及する。
「悪かったよ、会ったばかりの頃より硬さがとれていい感じだなって思っただけだよ。それより、ここは森全体があいつが作った迷宮になっているのは言ったよね? ずっと同じ場所を歩かされているのも、進めずに追い返されるのも全部ダンジョンのトラップっていうわけ」
リツは軽く謝ると、真剣な顔で先ほどの彼女の疑問に答えていく。
「……えっ? ダンジョンとか迷宮っていうのは洞窟の中のことなのではないのでしょうか?」
ようやく質問に答えてくれたリツの言葉を聞いたセシリアはきょとんとしている。
これまでの彼女の常識とは外れた話であるため、首を傾げ、頭の上には『?』マークが三つほど浮かんでいた。
「うーん。これはいくつか説明しないとだね。まず、ダンジョンっていうのは生きているんだよ。ダンジョンコアっていう特別な魔石みたいなものがあって、それがダンジョンに命を与えている。それによってダンジョンは複雑な構造になったり、特別なアイテムがおかれたり、トラップができたりするってわけ」
リツは前回の冒険でこれらのことは基礎知識として仲間に教え込まれていた。
せっかくだからいい機会だとダンジョンについての説明をする。
「えっと……そうなると私たちは生き物の中に飛び込んでいるということでしょうか?」
つまり、現在もダンジョンの内臓の中にいる――そんなイメージをセシリアは作り出して身体を小さく震わせている。
「うーん、ちょっと違うかなあ……。なんていうのかな。それだといつダンジョンが俺たちを消化してもおかしくない感じになっちゃうけど……まあ、ダンジョンコアが各所に命令を出して部下を配置したりしてるイメージだと思ってくれるかな。で、そのダンジョンコアが壊されたりして命を失うと、ダンジョンは普通の洞窟になるんだ」
悪い方向に勘違いしていそうなセシリアに苦笑しながらもリツは説明を続ける。
まずはこれが基本であると告げると、セシリアは何度か頷き、口を開く。
「なるほどです。ということは、この迷宮もどこかにダンジョンコアがあるということですね」
その答えにリツは頷く。
「次にダンジョンっていうのはいくつか種類があって、まずは一番多い自然発生型。これはさっきセシリアが言ったように洞窟なんかに魔力だまりが発生してコアができ、ダンジョンになったもの。もう一つ、誰かが作った場合。これはダンジョンコアを他所から手に入れるか、自分で作る必要がある。それをダンジョンとみなした場所に設置して、ダンジョン化させるんだ。つまり……」
リツが両手を広げて、自分たちがいる場所がどんな場所なのか、質問する。
「ここは、ソルレイクさんが作った迷宮ということですね!」
「そう。その可能性が高い。もしかしたら、あいつが攻略しようとしていたダンジョンという可能性もある。どちらにせよ、人を遠ざけるダンジョンの場合は人工的なものの場合が多いんだ……」
そう言って、リツは真剣な表情になっていた。
(これだけの規模で、人を遠ざけるとなるとよほどのものがありそうだ……)
それが宝なのか、魔物なのか、情報なのか――ソルレイクが残したものが一筋縄ではいかないだろうと察したリツは、今はわからないが気を引き締めていく必要があるとソルレイクの迷宮をじっと見つめていた。
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