第17話


「いや、ほら。セシリアには旅の案内をしてもらうって約束だったけど、魔王との戦いに付き合ってもらうとまでは決めてなかったはずだろ? でもって、一緒に戦ってもらうにしろ、次の街でお別れにしろ、セシリアには強くなってもらいたい」

(そうすれば、どっちの道を選んでも彼女は生きていけるはずだ……)

 あくまでこれはリツの希望である。


「わかりました!」

 しかし、セシリアはその希望に対して即答した。


 一人になってからずっと強くなりたいとは考えていた。

 しかし、どうすればいいのかはわかっていない。

 それでもリツとなら強くなれる――そんな予感を強く抱いている。


「うん、それじゃとりあえず街に行って食事をしたら、色々と話し合おうか。正直、セシリアはまだまだ伸びしろがあると思うんだよね。なんの力もなかったら、リルがこんな風に乗せてくれないと思うし」

 この言葉は事実であり、リルはセシリアが持つなんらかの力を感じ取っており、その力を心地よく思っているようだった。


 それから、移動はリルに任せて二人は互いの話をしていく。


 リツは再召喚されてからここまでどうやって旅をしてきたのか。

 セシリアは学生時代にどんなことを学んだのか、卒業してからはどう生活してきたのかなどを話す。


 街まではある程度の距離があり、その間に互いのことを話して知ることで、共に戦う者として関係性を縮めていた。





「はあ、やっと入れたか……」

「入れましたねえ……」

 リルとは街の外で別れて、二人は徒歩で街に入っている。

 だが街に入ったというのに二人の表情はぐったりと疲れをにじませていた。


 街へ入るときに求められる身分証が問題だった。

 セシリアは貴族の身分証を持っているため問題なく入れたが、その類のものを持っていなかったリツのほうで時間がかかってしまったのだ。


 まず、貴族の女性と一緒にいることを怪しまれる。

 誘拐なのではないか? と門番をしている衛兵たちから不審人物扱いされてしまった。

 これに関してはすぐにセシリアが否定することでことなきを得たが、ここの衛兵はなぜかリツに厳しく、その後もしばらくやりとりをした後、やっと仮の身分証を発行してもらうこととなった。


「……にしても、あの衛兵はなんだったんだ? いくらなんでも厳しすぎるだろ」

 違和感を覚えたリツは訝しげな顔で首をかしげている。

 リツの手続きをしている間に、他の身分証を持たない者も手続きに来ていたが、彼らはそのまま簡単な支払いのみで通っていたからだ。


「なんだったのでしょうね……?」


 その原因はセシリアとリツの関係性にあった。

 ここへ来るまでの道中で二人は少し気安い関係になっていたため、外から見て明らかに恋人同士のように見えたようだった。


 そして、この衛兵昨日彼女に振られたばかりであり、その相手が幼馴染の男爵令嬢だった。

 自らと比較して、幸せそうなリツに嫌がらせをした形となった。


 そんなことを二人は知る由もないが、これに二人は苛立ちを覚えてはいなかった。


「……なんというか、前の旅はどこもかしこも勇者で顔パスって感じだったから、なんだか新鮮だったな」

「ふふっ、私もちょっと楽しんでいました。あんなことがあるんですね」

 少し世間とずれている二人は、クスクスと笑いあい、こんなことも楽しめるだけの余裕があった。


「とりあえず、俺のちゃんとした身分証をどこかで作るのと、宿を決めるのと……なにより、腹が、減った……」

 冷静になって考えてみると、再召喚されて以降リツが口にしたのは城での能力鑑定用のジュースと、セシリアの家でのお茶とクッキーだけだった。


 睡眠欲は木の上で満たされていた。そうなると、今度は食欲が空腹のリツに襲いかかる。


 ぎゅるるるるるるる。などと、周囲に聞こえるほどの大きな音が彼の腹から聞こえてきた。


「ははっ、こりゃまずいな。腹が減りすぎてる」

「は、早くどこかお店に入りましょう! こ、こっちです!」

 空腹に参った表情をしているリツを見て、セシリアは彼の腕を引きながら一軒の食堂に入っていった。


「へい、らっしゃい!」

「いらっしゃいませ、お二人で……そちらのお兄さんは大丈夫ですか?」

 リツが少し疲れているように見えたため、店のウェイトレスの人族の女性が心配そうに声をかけてくる。


「あぁ、腹が減っているだけだから……とりあえず、なにかお任せで頼む……」

「そ、そういうことで、色々おすすめをお願いします!」

 彼の空腹を察したセシリアは慌ててリツを近くの席に座らせる。


「わ、わかりました! 店長、オーダー、おすすめの品を色々と!」

「お、なかなか面白い注文だな。あいよ、急いで作るから待ってな!」

 店長と呼ばれたのは熊の獣人で、ニカッと笑うとすぐに料理に取りかかっていく。


「こちら、お水になります」

 先ほどの女性が水を運んできてくれると、リツは少しでも腹を満たすために一気に飲んでいく。


「はあ、少しは紛れる……」

 何かしらが腹に入ったことでリツは少し冷静さを取り戻す。


「よく考えたら、なにか食べればよかったんだな……」

 リツは魔法で色々なものを収納しており、その中には果物やパンなども含まれている。

 収納空間では時間が止まっているため、腐ったり劣化したりという心配がないため食べるものを持っていた。

 ところがこの世界に再召喚されてから気を張り続けていることが多く、空腹を感じる隙もなかったため、それを失念していた。


「あ、そうでしたね。どうします、なにか食べておきますか?」

 とりあえず何かしらを食べておいたほうがいいのでは、とセシリアが提案する。


「うーん、やめとく」

 しかし、リツの答えはノーだった。


「ほら、あっち見てよ。店長さんが一生懸命色々美味しそうなものを作ってくれてるみたいだから、せっかくだからこの空腹のまま食べようかなって」

 厨房から漂ってくる香りは食欲を刺激するものであり、リツはゴクリと唾を飲む。


「ふふっ、確かにすごく美味しそうな匂いです。私も朝と昼は食べていないので、すっかり空腹です」

 リツのほうが消耗度が高かったため、より強い空腹に襲われていたが、彼女も同様にほとんど食事をしていないためすっかり腹が減っていた。


「はい、お待たせしました! まずは、肉のせサラダです!」

 簡単に出せるものから料理が運ばれてきた。

 彼らが空腹なのを知って、気を遣ってくれた店長の采配だった。


「やった! いただきます!」

「えっと……いただき、ます?」

 なにやらリツが挨拶をして食べ始めたので、セシリアもそれに倣って挨拶をしてみる。


「んー、うまい!」

 久しぶりの食事は一口目からインパクトがあるほどおいしいもので、思わず漏れたリツの声が店内に響き渡る。

 それは、店長に笑顔をもたらし、更なる調理への意欲を高めていた。

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