第15話


 数時間後、夕焼けがあたりを照らし始める頃、リツがゆっくりと目を覚ました。


「……う、うん……? あれ、寝ちゃってたのか」

「ふふっ、おはようございます」

 ニコリと女神のような笑顔で声をかけてきたのは、リツの寝顔を見守っていたセシリアだった。


「えっ? ……わああ! ご、ごめん! 膝、辛かっただろ?」

 数秒混乱したのち、どんな状況にあるのかを理解したリツは飛び起きて、セシリアから距離をとろうとする。

 しかし、大樹のてっぺんにいるため、あまり距離をとることができず、結局近距離で見つめ合うような形になってしまう。


「うふふっ、リツさんでもそんな風に慌てることがあるんですね」

 勇者として多くの強敵との戦いを潜り抜け、様々な困難を突破してきたリツが、ここまで動揺する様を見るのはセシリアにとっては意外であり微笑ましくあった。


「いや、まあ、ほら、戦うだけだったから……それだけで精一杯で、こういう感じの経験なんてなかったからさ」

 それは勇者の使命の過酷さを物語っている。

 女の子と仲良くなるようなこともあったが、いつ死ぬかもわからない身の上では関係を進めることも難しい。


 常に救えないことへの恐怖と戦っていたリツは仲間と話している時以外は、気を張っていて、心から落ち着けることがなかった。


「リツさん……」

 そんなリツのことを思って、セシリアは涙目になってしまう。


「いや、でも今は違う。以前よりも強くなったし、セシリアのことを助けられた。もう、俺自身も自由なんだ。だから、今度は自由に楽しく生きようと思ってさ。差し当って助けたセシリアを本当の意味で助けられるように、魔王を倒すのが最優先ってわけ」

 落ち着きを取り戻したリツは、力強い眼差しでセシリアのことを見ていた。


 先ほどまでの慌てふためいた少年のようなリツ。今の頼りがいのある元勇者としてのリツ。

 どちらも彼だったが、そんなギャップにセシリアは内心でドキドキしているのを無理やり押し殺そうとしていた。


「……あれ、セシリア。顔が真っ赤だけど、熱でもある?」

(さすがにこんなに高いところだと寒かったか?)

 そう言って、リツが熱を確認しようと彼女の額に手を伸ばしていく。


「わ、わわわ! だ、大丈夫です! な、なんでもないです!」

 今度は反対にセシリアが慌てる番であり、真っ赤な顔を隠すために慌てて顔をそむけていた。


「ははっ、そんな元気なら平気か。それじゃ、そろそろ降りて例の商業都市に向かおう。空を飛んでいくと誰かに見られて騒ぎになるかもしれないから、フェリシアとはここで一旦さよならだな。色々助かった、ありがとうな」

 リツと一緒に目覚めて肩に乗っていたフェリシアがリツの言葉に顔をあげる。


『気にしないで! リツはフェリシアの契約者なんだから、気にせずなんでも命令してくれればいいの。セシリアも元気でね。リツときたら、次はいつ呼んでくれるかわからないから、もしかしたらこれが最後の別れかもしれないし?』

「あ、あははっ、うん、でもフェリシアさんにはたくさんお世話になりました。また会いましょう」

 八割以上本気で言うフェリシアに、セシリアは苦笑すると彼女との再会を願って言葉をかける。


『うん、じゃあね!』

 そうして、フェリシアは美しく舞うように飛ぶと、元の世界へと戻って行った。


「――あれ? フェリシアさん帰りましたけど、私たちはどうやってここから降りるんですか?」

 現在二人がいる場所は、近隣で最も大きな大樹の一番上である。


 ここへ来られたのはフェリシアの背中に乗って飛んできたからであり、そのフェリシアがいない今は果たしてどうするのか、と当然の疑問にセシリアが首を傾げる。


「それは、ほら。ぴょんっと、ね?」

「ぴょんっと、ですか?」

 オウム返しするセシリアに、リツはニコニコとして頷く。


「…………えええええええええっっっ!?」

 意味を考え、理解し、それを実践したらどうなるか予想してしまったセシリアは驚きのあまり、大きな声を出してしまう。


 短いつきあいだが、リツはこんな風なことを冗談でいうように思えない。

 思えないからこそ、それが実現したときの恐ろしさに声が出ていた。


「ははっ、予想どおりのリアクションありがとう! まあ、ぴょんっとてのは本当だけど、さすがにそのまま下まで降りるわけじゃないよ。魔法で落下速度を抑えるし、ちゃんと着地の衝撃を抑える方法も考えているから安心して」

「ほ、本当ですか?」

 ここまで信頼できると思わせられてきたリツに対して、いや、それでもここから落ちるのは……とセシリアの中の安全装置が働き始めている。


「うーん、それじゃほら俺の手に手を重ねてみて」

「えっと、はい……」

 前に差し出したリツの手のひらに、ゆっくりとセシリアが手をのせていく。


「それじゃ、行くよ」

 リツは自らとセシリアを風の魔力で包んでいく。


「それ!」

 そのリツの声とともに、二人は木から飛び降りていた。


「わっ、わわわ!」

 セシリアは突然のことに驚いてしまう。


「しっ、大丈夫だから落ち着いて。ゆっくり降りていくから大丈夫だ」

 言葉通り、二人はゆっくりと落下していく。

 風の障壁によって空気抵抗を起こし、落下速度を落としていた。


「す、すごいですね……!」

 これだけ詳細なコントロールができるのはなかなかできることではないと、セシリアが称賛する。


「そうかな?」

 それに対してリツは珍しいことをしているわけではないため、首を傾げている。

 自分の魔力操作は、昔の仲間たちと比べると劣る。

 だから、たいしたことはないというのが彼の考えだった。


 徐々に地上が近づいてくる。

 そこでリツは右手をセシリアから離して口元に持っていく。その手には魔笛が握られていた。


「それは……?」

 セシリアの疑問に答えることなく、リツはニヤリと笑って笛を吹く。

 すると、笛の音に応えるようにいずこからかフェンリルのリルが走って来る。


「アオオオオオオン!」

 鳴き声とともに、リルは大きく跳躍する。


「それじゃ、解除っと」

 それを確認するとリツは障壁を解除して、二人はそのまま勢いよく落下していく。


「えっ? きゃああああああっ!」

 急に重力によって勢いが増したことで、セシリアは周囲に響き渡るほどの悲鳴をあげてしまう。


「ガウッ」

 リツはリルの跳躍に合わせて落下速度を調節しており、ピッタリ彼らが背中に乗るようにタイミングを合わせていた。


「あ、あれ? 柔らかいです……」

 思っていた衝撃が来ず、フワフワなリルの背中の感触に驚きながらも、浮遊感が消えたためセシリアは安堵していた。



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