第12話


「それじゃ、この家の処分はベイクさんにお願いします。騎士さんも色々言ってくれてありがとうございました。やはりセシリアさんの気持ちを確認するのが最優先でしたね。それでは失礼します!」

「色々とお世話になりましたっ」

 リツが二人に頭を下げ、セシリアもそれに続き、そのまま部屋を出て行く。


「う、うむ」

「あ、あぁ」

 ベイクと騎士はあっという間の出来事に呆気にとられ、状況が把握しきれないまま返事をしていた。


「(セシリアさん、旅に出るのに持っていきたい荷物ってどこにあります?)」

「(えっと、二階に私の部屋があるので、そこに着替えと両親の写真などが……)」

 廊下を歩きながらリツが小声で質問してくるので、状況を察したセシリアも同じトーンで返事をする。


「(それだけあれば、いいですか?)」

 これは最終確認であり、それだけは持ちだせる、ということを示唆している。


「(……はい、それ以上は望みません)」

 覚悟を決めているからこそ、セシリアはこのシンプルな返答をする。


 生まれ育ったこの屋敷に未練がないといえば嘘になる。

 運び出す荷物を吟味したいという気持ちもある。

 しかし、彼らが虚を突かれているうちに動かなければならないというのは、セシリアも理解していた。


「(了解、それじゃ二階に行きます!)」

「(きゃっ!)」

 そう言うと、リツは少しでも早く移動しようとひょいっとセシリアをいわゆるお姫様抱っこして抱えながら二階に駆け上がっていく。

 驚いて声が出そうになったセシリアは慌てたように口を押え、初めてのお姫様抱っこにドキドキしながらもじっとしていた。

 ここで足音をたてては下にいる二人に気づかれてしまうため、リツは足に風の魔力を纏わせている。


「(右の一番奥の部屋です!)」

 内心では驚いているセシリアだったが、状況を理解しているため、なんとか気持ちを落ち着かせて必要な情報をリツに伝える。


「(了解!)」

 察しのいいセシリアに嬉しそうに笑ったリツは部屋の扉が開く音も風の魔法によって消音していく。


「(今、用意しますね!)」

 部屋に着くなりおろしてもらったセシリアは必要なものを素早く選別しようとするが、優しく笑うリツに止められる。


「(大丈夫……部屋の中のものを……”収納”)」

 前回、勇者として召喚された際に与えられた空間魔法の中にあった収納魔法。

 これによって部屋の中のものを全て収納空間にしまっていく。

 一瞬で全てのものをしまいこみ、部屋はすっかりがらんどうになった。


「……えっ?」

 あっという間の出来事に信じられないものを見たという表情とともに、セシリアの口から声が普通に出てしまう。


「おっと、下が騒がしくなってきたな。さ、行きましょうか」

「は、はい……!」

 戸惑いつつも、差し出されたリツの手を掴む。

 そのままリツは彼女を再び抱き上げると、窓を開けて外に飛び出していく。


「来い!」

 リツはそういうと小さな笛を吹いていた。

 それはリルを呼んだ魔笛とは異なり、美しい装飾が施されている精霊笛だった。


 精霊にだけ聞こえる、美しく高い音が鳴る。


『うわあ、リツだリツだリツだああああああ!』

 つむじ風のような突風とともにリツたちを拾い上げて現れたのは美しい青い翼を持つ風の精霊。

 その姿はいわゆる鳥と同じだが、これほどまでに美しい鳥は他に存在しないのではないか。

 そう思わせるほどに、優雅な雰囲気を持っている。


「フェリシア、悪いが俺はここから離れたい。急で悪いが俺たちを乗せてこのまま遠くに飛べるか?」

『なにがなんだかわからないけど、リツのお願いならもちろんよ! 任せて!』

 フェリシアと呼ばれた風の精霊はリツの言葉に反論することもなく、大きく羽ばたくとどんどん高度をあげて行く。

 周りの景色が見えないほどの高速移動であるにもかかわらず、乗っているリツたちには穏やかに飛んでいる時のような優しい風しかふきつけてこない。

 それは精霊であるフェリシアのなせる業であった。


「せ、精霊様ですか!?」

 信じられないこと続きの中で、まさか精霊まで現れるとは思ってもおらず、セシリアは声を大にして質問をしてしまう。


「そうですね。彼女はフェリシアと言って、俺が契約した精霊です」

「えええええっ!?」

 セシリアは契約したと聞いて、更に驚いてしまう。


 この反応の理由はリツには理解できなかった。

 五百年前の勇者としての旅の中では、彼の仲間も精霊と契約しており、それ以外にも世の中には精霊と契約している人物はチラホラ見かけることができた。


 だから、珍しいにしても、これほど驚くことなのか、とリツは首を傾げている。


『リツ、多分だけどリツたちが契約してから、新しく精霊と契約した人はいないかもしれないよ。リツたちが魔王を倒した頃だと思うんだけど、精霊界とこっちの世界を繋ぐ門が完全に閉ざされちゃったんだよ』


 フェリシアたち精霊は、普段、精霊界と呼ばれる彼女たちだけが住む美しい環境の世界にいて、契約者に呼ばれることでこちらの世界に来ることができる。

 そして、行き来する門のような場所があり、そこをくぐってあちらに行き、精霊に気に入られると契約にまで至ることがあるというものである。

 しかし、その門が閉じて行き来できないとなると、そもそも精霊に会うことができず契約することも敵わない。


「なるほど、だからセシリアさんはあんなに驚いたんだね」

『だと思うよ。今は精霊を使役するのはすごく珍しいというか、リツ以外にいないのかも』

 セシリアがどうして精霊との契約に関してあんなに驚いたのか、その理由がわかったリツはスッキリとした気持ちになっていた。


 しかし、当のセシリアは次なる疑問にぶち当たり、混乱状態にあった。


「えっ? リツさん以外にも精霊と契約した人が居るんですか? いや、それよりもリツさんたちが魔王を倒した? ど、どの魔王を倒したのですか?」

 彼女にとって魔王といえば、世界に君臨する七人の魔王のことであり、どの魔王? と疑問に思うのは当然のことだった。


「あー、いや、俺が倒したのは今の魔王じゃなくて……ちょっと、落ち着けるとこでじっくり話をしましょうか。フェリシア、静かに話の出来そうな人のいない場所に適当に行ってくれ」

『はいはーい』

 リツのお願いを聞くことはフェリシアにとってとてもうれしいことで、機嫌よく返事をすると何度か空中を旋回し、そして目標を決めるとそちらに向かって飛んでいく。


「ふわあ」

 彼女が翼をはためかせると、キラキラと魔素が光の筋となって流れていき、セシリアはその様子に見惚れていた。

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