第3話 師の助言

「と、いうわけで我が家に誰か一人、魔術師を派遣してもらえませんか?」


「ふむ」


 ハイルホルン連合国の魔術協会へと出勤していたエレオノーラが、戻ってきたのは夕方だった。

 まだ帝国に所属していた頃は、フリートベルク領と帝都エ・ナーツが非常に遠かったため、基本的に『瞬間移動テレポート』をクリスに任せていた。だが現在、ハイルホルン連合国の王都は割と近いのもあって、基本的にはエレオノーラ自身の魔力で移動している。

 まぁ、とはいえ疲れることには変わりないため、三日に一度くらいはクリス便を利用しているらしいが。

 閑話休題。

 とりあえず、俺は戻ってきたエレオノーラに、ひとつ相談してみた。

 今後、領地――元フジカー領の森を切り拓いて林業を行っていくために、巨人スケルトンを操ることのできる魔術師を一人派遣してほしい、と。


「つまり、アンタが弟子を取るってことでいいのか?」


「……はい?」


「アンタまさか、普通に雇用関係にしようとか思ってたのかい?」


「え、ええ……そうですけど」


 そんな俺の答えに、エレオノーラが大きく溜息を吐く。

 俺は普通に、魔術師を一人雇おうとしていただけだ。俺やエレオノーラでは巨人スケルトンを動かす時間がないし、クリスに任せると何をやらかすか分からない。そのため、常識的な魔術師がいれば紹介してもらおうと思っていた。

 だけれど、まるで俺を常識知らずであるかのように、ジト目でエレオノーラが見てくる。


「あのねぇ……アンタ、巨人スケルトンがどれだけ異常なものか知ってんのかい?」


「まぁ、そりゃ神話の時代から存在していたものを、魔力で構築したものだとは思っていますけど」


「正直あたしは、今関所のオブジェになってる状況だって、懸念してんだよ」


「……そうなんすか?」


 かつて、巨人スケルトンはフルカスの街の公園に配置されていて、そこそこの人気を博していた。右足のところで告白したら恋が成就するとか、俺の知らないところで変な設定ができたくらいに、普通に受け入れられていた。

 だけれど、前回の『聖教』からの侵攻にあたって動かしたのもあり、現在は二体揃ってフリートベルク領への入国を管理する関所の前に、二体揃って置かれている。

 いざというとき、帝国との最前線ですぐに動かせるようにするためだったが――。


「そもそも、アンタは一本だけの巨人の骨から、魔力でアレを作り上げただろう?」


「ええ、そうすね」


「つまり、あの骨一本一本が高密度の魔力の塊だってことだ。盗人が一部だけを奪って、それなりに教養のある魔術師が触媒にすれば、それこそ大規模魔術だって使えるようになる。そんな危険な代物なんだよ」


「うっ……」


「加えて、あの骨はあたしが『刻印魔術』を刻んでいるんだ。仮に持ち出されて解析でもされちまったら、あたしだけの特権だった『刻印魔術』を研究されるかもしれないんだよ」


「……」


 なるほど。

 確かに、そう考えると非常に危険な代物だ。大きいから関所あたりに置いとけばいいや、と考えなしに置いてしまっていた。

 それなら、今後は盗難防止のために何か方策を――。


「ちなみに、全部のパーツに『追跡』の印は刻んであるよ。一部だけでも関所から離れたら、あたしには分かる」


「……おみそれしました、お師匠」


「んじゃ、話を戻そうか。アンタが弟子を取るってことでいいんだね?」


「う……」


 魔術師を一人雇うこと。

 魔術師を一人弟子に取ること。

 この二つは、大きく違う。主に俺の責任が。

 弟子に取るということは、その魔術師が成長できるように導いてやらねばならないし、俺の知っている魔術を教えなければならない。

 エレオノーラが俺にしてくれたように、その秘術を全て、弟子に託すのが師としての在り方なのだ。

 つまり、俺の場合――この、死霊魔術も。


「その……お師匠」


「ああ」


「俺はまだ未熟ですし、弟子なんて取れる立場にはないと考えています。それに、俺はまだお師匠に教わりたいことがたくさんあります。それを差し置いて、弟子を取ることなんてできません」


「別に、アンタが弟子を取ろうとあたしの立場は変わらないよ。アンタの弟子があたしの孫弟子になるだけだからね」


「……へ?」


 そんな、極めて冷静なエレオノーラの言葉に、思わず混乱する。

 俺にとって師匠というのは、エレオノーラだ。そしてエレオノーラは一流の魔術師である。そんな一流の魔術師の弟子になれたことは、本当に光栄なことだ。

 だからつまり、師となれる魔術師は、それこそ一流でなければならないのでは――。


「別に、この業界では弟子の弟子なんて珍しくもないよ」


「……そうなんですか?」


「そりゃそうさ。あたしみたいな存在ならまだしも、人間ってのは寿命が短いからね。生きている間に、一流に至れる人間なんて滅多にいやしない。だから、三流でも三流なりに自分の知識を後進に教えてやるのも仕事ってことだ」


「はぁ……」


「あたしの知る限り、玄孫弟子までいた奴もいるよ」


「……」


 玄孫。

 孫の孫ということだ。つまり、弟子の弟子の弟子の弟子である。


「まぁ、アンタが本気で弟子を取るつもりなら、見所のある奴を紹介してやるよ。そうじゃなく、ただ魔術師として雇いたいってだけならやめときな。雇われる方も、何の学びにもならないからね」


「そう、ですか……」


 確かに、エレオノーラの言う通りではある。

 雇う以上は、そこに責任も生じるのだ。そして魔術師は、知識を探求し続ける存在である。雇う以上は、そこに知識の対価を与えねばならないのだ。

 ならば、やはり弟子を取ることが一番――。


「分かりました、お師匠。俺は、弟子を取ります」


「ああ。まぁ、アンタの方から言い出してくれて良かったよ」


「へ?」


「魔術師は、弟子を取るのも一つの学びだ。後進に対して教えることで、逆に見えてくるものもある。だから、良い機会になったね」


「……」


 にやり、とエレオノーラが笑みを浮かべる。

 こんな状況でも、俺の成長を第一に考えてくれる師匠に、頭が上がらない。

 というか、最初から弟子を取らせるつもりだったのかよ。


「明日、ハイルホルン魔術師協会の若い奴を連れてくるよ。一流に仕込んでみせな」


「はい、よろしくお願いします」


 と、いうわけで。

 どことなく、エレオノーラに流された感はあるけれど。


 俺は、弟子を取ることになった。

 エレオノーラを、信用していないわけではないけれど。

 どうか、開口一番で「わたくしは美少女ですわ!」とか言い出さない、まともな人間でありますように――。

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