第141話 王とヴィルモント

 トクメ達がオーク討伐に出発した翌朝、ヴィルモントは王に呼ばれ寝室でアプフェルショーレというリンゴ果汁を炭酸水で割った飲み物を振るまわれていた。


「本来なら客人を招くのに寝室は有りえぬ事だが、インネレに能力を使わぬよう命じている場所がここ以外だとトイレと風呂だけなのだ。大目に見てくれ」

「いえ、そんな……陛下のなさる事に異論などございません……」


 そう言いながらグラスに入ったアプフェルショーレを口に運ぶヴィルモントだが珍しく口調は弱く、視線も手元のグラスと王を行ったり来たりしている。


 その原因は王の姿。

 昨日見た王は二十代の若い姿だったが、今の姿はどう見ても六十代に見える。


「ああ、余の見た目が気になるか。昨日の話で気づいているとは思うが余はインネレと内臓を一部、いや半分……ほとんどを交換、共有しているのだ。その影響で見た目の老若を自在に操れるのだが、今は全て余自身の内臓なので余の意思で好きな歳の姿に変えている」

「そうなのですか。……あの、無礼な事は承知なのですが……陛下は確か人間、でしたよね……?」


 ヴィルモントの自信なさげな問いに、王は特に気にした様子もなくグラスに注いだアプフェルショーレを一息で飲み干してから口を開いた。


「うむ。ただインネレの内臓と共有している為か一般的な人間の寿命はとうに超えている。しかしそれ以外は至って普通の人間だ」

「は、はあ……あ、いえ、私から聞いた事とはいえ何と言いますか……」

「よい。そなたも余と同じ世界最古の怪物と共に暮らしているのだろう、見た感じまだ慣れておらぬようだな」

「ええ……はい。あの距離の近さとテンションがどうにも……ですが出会ってまだ十日程ですし、ダルマは自分の血を引く子供である私にはしゃぎ過ぎているだけな気もするのでもう少し経てば落ち着くと思います」


 ヴィルモントのその言葉に王は追加のアプフェルショーレを注いでいた手を止めた。


「陛下……?」

「ヴィルモント、そなたは甘い。甘すぎる」

「え……?」

「世界最古の怪物はインネレしか知らぬが、昨日の様子を見るにダルマもインネレと似た性格をしていると余は思う」

「あ、あの……?」


 王は椅子から立ち上がると近くの棚から幾つかビンを取り出とヴィルモントの元へ戻りドンっと勢いよくテーブルに置いた。


「実を言うとな、余は今までインネレの事で話せる者がおらず色々と溜まっている。他の者にはインネレが世界最古の怪物である事を隠し、アルバートには種族の説明こそしているがこういった話は得意としていない。そんな時にそなたがインネレと似た性格のダルマと共に現れた。逃がしはせん、付き合ってもらうぞ」

「……仰せのままに」


 先程までと全く違う目つきに怯みはしないが、命令とも言える王の言葉にヴィルモントは従うしかなかった。


「そう畏まる必要はない、単に余の酒に付き合うだけと思えばよい。余はこう見えて酒豪なのだがな、極度な下戸のインネレと内臓を共有してから余も飲めなくなってしまった。しかし今は余の内臓、数百年ぶりの酒を飲める機会を逃す理由はない。それにインネレの話はきっとそなたの役にも立つだろう」


 いそいそとビールの栓を開ける王は明らかに嬉しそうであり、インネレをオーク討伐に向かわせたのはこれが理由なのではとヴィルモントは疑うが流石にそれを聞くほどの図太い神経は持っていない。


「そうだ、そなたは酒を飲めるか?」

「はい、一般人より強いと自負しています」

「うむ、ならば遠慮なく飲むが良い。これは余の気に入っているビールだ、味は保証する。酒も入れば多少は気も抜けよう、余に遠慮せず思う存分思いをぶちまけるがいい」


 そう言って王はまだ中身が半分程残っているヴィルモントのグラスにビールを注いだ。


******


「インネレとはもう五百年近い付き合いだが出会った頃と変わらぬ、いやむしろ全体的に増長している」

「はあ……」

「最初インネレは余の内臓そのものになりたがった。毎日言ってくるので最初はきちんと断っていたがあまりにもしつこいので適当に断るのも飽きてしまい、ある日余はそんなにやりたいのならば勝手にすればよいと適当に相槌を打ったらその日の夜に本気で実行しかけた。『そなたと顔を合わせて話が出来なくなるのは寂しい』と何とか説得に成功したが、代わりに内臓の交換、共有を望み気づけばこうなっていた。よいか、ダルマも何かやりたいなど言ってきた場合話は真面目に聞くように。決して適当な返事はするな、自分の都合の良い解釈をして暴走するぞ」

「……肝に銘じておきます」


 それから数時間。

 勢いよくビールを飲んでは話し続ける王にヴィルモントもその口当たりのよさもあってどんどん飲み進めていく。


「あやつには過去の出来事を再生する能力があるが、それを使ってよく余の幼少期を再生してははしゃいでおる。百歩譲ってその行為を許すとして、本人である余まで突き合わせて感想を語るのは何かの拷問ではないのか。しかもインネレにそんな意図は全くないのが余計にきつい」

「はい」

「インネレは余が産まれた時から側にいて、余の言う事には全て肯定して余のやる事はどんな事でも褒め称えた。その結果、余は何をやっても許される、余は常に正しいと考えるようになってしまった。今なら当然それは間違いだと分かるが、当時の余は本当にそう思い込んでいた」

「はい……うん」

「ある時余は転んだ。廊下に敷かれていた絨毯に足を取られてそれにつまづいたのだ。当然余は怒った。絨毯の敷き方が悪いと怒り、それを手配した者を罰せよと喚いているとインネレも現れた。インネレも余が正しいと、余は悪くないと言うに違いないと思っていたのだが、インネレは余を褒め称えた」

「……うん……」


 王に合わせて飲んでいたヴィルモントだがこのビールは一般的なビールよりもアルコール度数が少し高く、酒に強いヴィルモントといえど酔いはまわり相槌も怪しくなっているが王はそれに気づかず変わらない速さでビールを飲み進めていく。


「曰く、余の転け方が大変様になっていたと。そしてその場で今度はこのように転けてほしい、次はこの様にと請われ言われるままに転けながら余は初めてこれはおかしいのでは? と自覚した。それから余は自身の言動を改めるようになったのだが……インネレはこの横暴だった頃の余も気に入ってるので問答無用で再生してくる。余が悪いのだが本当やめてほしい」

「…………」

「ヴィルモント、手が止まっておるぞ」

「あ……いただき、ます……」

「いや、そうではなく限界ならば……」


 どう見ても飲み過ぎなヴィルモントにこれ以上は危ないと判断した王だが残念ながら一足遅かったらしく、急かされたと勘違いしたヴィルモントは一息でグラスに入ったビールを飲み干すと勢いよく机に頭を打ちながらそのまま寝息を立てた。


「……眠っただけか。ならば安心か……ん?」


 呼吸と脈を確認し命に別状はないと安堵の息をついたところでヴィルモントの髪が金色に変わっている事に気づいた。


「これは……成程、そなたは吸血鬼なのか。ならば夜に呼ぶべきだったか。とりあえず今日はこのままここで眠る事を許そう。まあ、酒は飲むし話も続けるがな。余はまだ飲み足りんし話足りんのだ。そなたが眠っていようと話は続けさせてもらうぞ」


 この後王は本当に眠っているヴィルモントに向かって一人延々と話し続けた。


「インネレについて色々と話しはしたが、余は特に疎んではおらん。やり過ぎなところは多々あるが……ああも真っ直ぐ純粋に余を見てくれる者はおらん。とは言ったがやはりちょくちょく暴走するのは……まあ、その場合はこちらが上手く手綱を握ればよいだけだが。……結局のところ余はインネレが大切で……愛おしいのだ。こんな事、インネレに言おうものならどうなるか分からぬから言えぬが、余はどうしても誰かに話したかった。そなたがいてくれて助かった、だが中々恥ずかしいものだな。うむ、今後もヴィルモントにはこうして酔い潰してから話をさせてもらう事にするとしよう」

「うぅ……」


 王の話が聞こえていたのか定かではないが、ヴィルモントは王が話している間ずっとうなされていた。

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