第136話 お互いやられっぱなしにはさせない
ムメイは単独で王都を歩いていた。
人のいる大通りを避け、人気のない暗い細道を見つけ好奇心のままに進もうとした時だった。
「お姉さん、お姉さん。そこを一人で歩くのはお勧めしないよ」
急に呼びかけられ振り向けばそこには一人の男性がいた。
服はシスが着ているような拳法着みたいだが上着の袖は広く、ズボンも裾口はしまっているが股下は膨らんでいるので戦いやすそうな作りになっているシスの服とは違い、全体的にゆったりとした服装になっている。
「……何か用?」
「あっ、そんな警戒しないで! 俺は怪しい者じゃないよ! ただここってちょっと治安が良くないからお姉さん一人は危ないんだって!」
何もしないという表明なのか両手を上げているが、ムメイは探るように相手を見つめている。
ズボンは黒いが全体的に白く、袖に施されている金糸の刺繍もあって清潔感だけでなく品の良さが感じられる。
更に男の少し長めの金髪と青い瞳はいかにも好青年といった感じなのだが、そこはかとなく漂う遊び慣れていそうな軽い雰囲気が声をかけてきた場所と相俟ってムメイの警戒心を強めていた。
「本当だって! 一応騎士団の見回りルートには入っているんだけど、今の時間は違うから! だからここ歩くならせめて一時間後にした方がいいよ! それなら見回りの時間で騎士がいるし、何かあったらすぐ助けてくれるから!」
「別にそこまでしてここを通りたいわけじゃないからいいんだけど……貴方じゃダメなの? この辺りに詳しそうだし」
必死な様子の男に不信感はより一層増え、ムメイはこの場を去ろうとしたが何かいい事でも思いついたのかほのかに笑みを浮かべながら案内を頼んできた。
「え、俺? 俺でいいなら喜んで。そうだ、俺はアルフォイ。お姉さんの名前は?」
「ムメイ」
「うん、よろしくムメイちゃん」
そのままアルフォイはムメイの横に並ぶと大通りの方へと歩き出した。
てっきりこのまま奥へ進むと思っていたムメイは少し意外そうな顔をしながらも、何も言わず大人しく並んで歩く。
「えーと……この裏道は通らないの?」
「うん、俺がいるとはいえやっぱりこの道は危ないから。結構怪しい商品を売ってる店が多いし、変に顔を覚えられたら大変だよ。お姉さんの身分だと特に」
暗に永久奴隷の事を言われ、ムメイは思わず手で首の模様をなぞった。
しかしアルフォイは特に気にした様子はなく話を続けていく。
「永久奴隷は誰が何をしてもいいって勘違いしている人が多いから大変なんだよ。王都ではそういう所はちゃんとしているんだけどやっぱり勘違いする奴はいるし、騎士団の人達も頑張ってはいるけど限度があるからどうしてもこういう場所は出来ちゃうんだよね」
「……もしかしてもう狙われたりしている?」
「いや、俺が声かけた時点で人は散ってたから多分大丈夫」
純粋な心配から声をかけてくれたアルフォイを完全に疑ってかかっていた事に、ムメイは気まずそうに視線を泳がせた。
「あー……何か、ごめんなさい。ちょっと、かなり疑ってた」
「いやいや、俺の方もいきなり声かけて驚かせちゃったからいいよ。むしろ疑わない方が逆に心配だから気にしないで」
誤解が解けたところで丁度ムメイ達は大通りへと出れた。
「そうだ、ここから反対側にある大通りから少し離れた場所に酒場があるんだけどね、そこ俺のおすすめ。味は勿論、店主の姐さんは懐が深くて器もでかい人で、騎士団の人もよく来てるから初めてここに来た人でも安心して食事を楽しめるよ」
「酒場という事は夜しかやっていないのか?」
「そんな事ないよ。俺が夜にしか行かないから酒場って言っただけで、昼は簡単な食事を出してくれる」
「ヴィルモント」
丁度そこへ大通りを歩いていたヴィルモントがムメイに気づき声をかけてきたが、アルフォイは特に驚いた様子もなく普通に会話を続けている。
「……知り合い?」
「え、初対面だよ。でもムメイちゃんの知り合いみたいだから特に問題ないかなって。それより、仲間が来てくれたなら安心だね。でも念の為ここにはもう近づかない方がいいかも、そっちの人も」
「ふむ、お前の言う事も一理あるか。ならばこのまま今お前が言っていた店へ向かうとしよう」
「本当? 嬉しいな。じゃあここで、王都を楽しんでね」
「あれ、アルフォイは?」
「俺はもうちょっとこの付近歩いとこうかなって。それじゃ、短い時間だったけど楽しかったよ」
「あ……私も、楽しかったわ。助けてくれてありがとう」
「……うん、俺も。ありがとう」
アルフォイは嬉しそうな笑顔で手を振るとそのまま今来た道を戻っていった。
「……で? 不埒者と思い色々画策していたが本当はただ危険から守ってくれていたと知った今の感想は?」
アルフォイの姿が完全に見えなくなってからヴィルモントがムメイに話しかけた。
先程までのよそいきの表情から、いつもの余裕を浮かべた笑みにムメイは嫌そうに顔をしかめた。
「心読むのやめてくれる? それに、もう分かっているんでしょ」
「直接言わせた方がより悔しく羞恥心も強いだろう。折角だ、お前もそのアルフォイが勧めていた店に来るがいい。奢ってやろう」
「……ああ、そうね。親であるダルマや同じ男のシスだと料理に使われているニンニクを抜いてもらう理由にするには弱いけど、私なら怪しまれないものね」
大人しくやられてばかりのムメイではなく、反撃とばかりに本心を突けばヴィルモントは想定外だったのか思わずといった感じで足を止めた。
図星と察したムメイはそのまま追い討ちをかける。
「気になるんでしょ? 付き合うわよ」
「……血の繋がりはなくとも娘か。奴にそっくりだな」
しかしやられっぱなしで大人しく引き下がるヴィルモントではなく、ムメイの動揺を引き出そうと痛い部分を突いてきた。
「褒め言葉として受け取っておくわ、ありがとう」
「……」
嫌がるか怒るかと思ったがそのまま流されてしまい、更に心も読まれないよう閉じられてしまいヴィルモントは不満そうな表情になった。
「それにしても、最古の怪物というのは余計な一言をつけないと気が済まない種族なの?」
「奴らは無自覚だが私は違う。相手の心情を乱したくてやっているので余計ではない。だが……お前を見ていると無自覚で余計な一言を言うのはそういう習性なのかもな」
「私に怪物の血は流れてないんだけど」
「血は流れていなくとも血筋はかんじる」
「っ……」
一瞬、綻んだ顔を見られないように口を引き締めたムメイだったがヴィルモントにバッチリ見られ、動揺して心も読まれてしまったのか揶揄うでもなく意外そうな顔をされた。
「嬉しいのか、あれと似ていると言われるのが」
「……ヴィルモントだって十分無自覚じゃない。立派な血筋ね」
「…………」
微妙な空気が流れながらも、酒場には一緒に向かうムメイとヴィルモントだった。
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