第99話 旧世界
ジト、と見てくるムメイに対しトクメは視線こそ逸らさないが話そうとする気配はなく、心なしか冷や汗もかいているように見える。
「旧世界の事なら妾も知っているぞえ!」
「じゃあ場所交代」
そんな微妙な空気の中ダルマが勢いよく立ち上がり、ゼビウスは特に何か文句も言う事なく場所を交代しシスの隣へ座った。
「何故交代する必要がある。旧世界の事ならお前も知っているだろう」
「知ってはいるけど教えられる程じゃないんだよ。その頃の俺って真面目に働いてて、旧世界もたまに冥界から外の様子眺めるぐらいだったし」
「ふふん、ならばやはり妾の方が適任じゃな! 妾は旧世界を生きその終わりもしっかり体験した経験があるからの、それで何処から説明すればよい? それこそ始まりからか?」
「別にそこまでは……ただ新世界とどう違うかなって、軽くでいいから」
思った以上に大事になりそうと感じたのか焦ったように言うムメイに、ダルマは心得たと言わんばりに頷いた。
「あいわかった、ならば新世界と旧世界の違いを上げていけばよいのじゃな。しかしかなり多いからの、全ては無理じゃが時間の許す限り上げていくとするかの」
「そんなに多いの……?」
「……何もかも、と言えるぐらいには違うからな」
一度深く息を吐いてからトクメがようやくといった感じで立ち上がるとダルマの隣に並び、いつかゼビウスが世界最古の怪物講座に使っていたのに似た黒板を取り出した。
その姿に、いつもの自信に満ちた堂々とした雰囲気はない。
「何から上げるべきか……そうだな、まず旧世界に戦争はなかった。災害も、病気も、生命を脅かすようなものは何もなかった」
「天気も決まっておっての、六日間晴れた次の日は一日雨が降り続けるという繰り返しでな、日照りや大雨がないから畑で作物を育てるのに何の問題なく世界の全てが毎年豊作で飢える者は誰一人おらんかった。そうそう、季節の変化もなくての、年中春のようじゃった」
ダルマが話している後ろでトクメは黒板にひたすら旧世界と新世界の違いを書き続けていた。
最初こそ普通の速さだったが書いている内に旧世界が恋しくなったのかそれとも旧世界を滅ぼしたカイウスへの怒りが湧いてきたのか、段々速さは増していきガリガリと文字を書く音も大きくなっていく。
その割に文字は大きさも列もズレる事なくしっかり揃い、ビシッとまるで印刷されたように綺麗に整っているのが先程の雰囲気も相まって話しかけずらい何とも言えない気分にさせられている。
「ほとんど別世界みたいね……」
「魔物がいない世界というのが考えられないな……」
「魔物どころかエルフもドワーフもいなかったよ、人間とあと普通の動物だけの世界。ついでに魔法もなくて、使えるのは神族と最古、この時は最古じゃなかったやいや最古であってんのか? まあとにかくあの怪物だけ」
トクメの漂わせてくる空気につられてムメイとシスはヒソヒソと小声で話していたが、ゼビウスは構わずいつもと変わらない様子で話しかけてきた。
しかしトクメは特に反応する事もなくガリガリと書き続けている。
「えーと、魔法がないという事は神通力もか?」
「神通力も。まあ他世界の神特有の力だからしっかり壁で遮られていた旧世界じゃ存在しようがなかったと言うべきかな」
「……カイウスがその壁に穴を開けなければ神族同士の戦争も起きなかったのだがな」
「あ、やべ」
バキ、と力を込めすぎてチョークが砕ける音と共にトクメが書くのを止め振り向いた。
その目は怒りから完全に据わっている。
「カイウスは本当に余計な事しかしていない。新世界も旧世界のようにしておけばよいものを、無駄に病や災害を作り争いの元まで発生させた。旧世界ならばこんな事は起こらず……」
一度口にしたら止まらなくなったのか早口でひたすら旧世界がいかに良かったかを語り出した。
あまりの早口にムメイとシスは相槌を打つ事すら出来ず、ゼビウスもやらかしたと言わんばかりに上を向いている。
「新世界も別に悪い事ばかりではなかろう。災害とてそれから身を守ろうと人々は考える事を知り知恵をつけ、様々な建物や対策が作られ文明は発展したからの」
このまま旧世界語りで終わるのかと思えばダルマがトクメの話をぶった切ってきた。
「次元の壁に空いた穴も確かに厄介ではあるが多種多様の種族と文化が入ってきて世界は賑やかになった。他者との差は向上心が起こり文明は更に発展し新たな技術も生まれた。戦争については妾もいらんと思うが、争いに疲れた人々は癒しを求め演劇や音楽といった芸術が発展していった。ここだけは評価せんでもない」
「…………」
「それに何より季節は良いものじゃ。季節の変化に合わせて世界の見た目も変わり美しくなり、季節の実りにより様々な調理法、料理も誕生した。人々も着飾る事を覚え華やかになって見ていて楽しいぞえ」
「……そうか、なる程。私とお前の価値観は全く違うどころか擦る事もないという事がよく分かった」
「うむ! 妾達はとうの昔、ディメントリウスにバラバラにされたあの瞬間から全く違う個々の生物となっておるからの! 個性や価値観が違うのは良い事じゃ!」
恐らく嫌味のつもりで言ったのだろうがそれを完全に天然で返され、トクメは明らかに苛立った様子で何も言わずダルマを睨みつけた。
しかしやはりダルマは何も気づいていないのか引き続き旧世界にはなかった新世界の良い所を話し続けている。
「……旧世界については二度と聞かない事にする……」
トクメの早口語りが相当応えたのかムメイが遠い目をしながら誰に言うでもなく呟いた。
「うん、うっかり忘れてたけどあいつ懐古主義なところあるしその方がお互いの為にいいかも。あいつにとって旧世界はただ滅ぼされただけじゃなくて、世界の記憶からも消された故郷みたいなもんだから」
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