第97話 悪党の街ヒールハイ

 ヒールハイは悪党の街として有名で、ありとあらゆる犯罪がひしめき治安も悪く他の街からの評判は最悪である。


 一般的にはそう認識され、ムメイもそう聞いていた。


「何ていうか……聞いていた話から想像していたのと全然違うわね……」

「本当にここが悪党の街と言われているヒールハイなのか?」


 あまり街について詳しくないシスでさえその評判は知っていたのだが実際のヒールハイは街並みは綺麗に整っており、争う声はなく人々も特に何か怯える様子も感じられない程穏やかな空気が漂い治安も良さそうに見える。


「悪党の定義って結構あいまいだしな。俺からすれば教会関係者が悪党だし、誰にとっての悪党かという話だろ」

「その『誰』が強い影響力を持っていれば尚更だな。まあこの街を治めている四大貴族と呼ばれている者達が一般人から見れば悪党に分類されているのも理由だろう。そういうわけだ、ムメイはシスから離れてこちらに来い」

「何がそういうわけ?」

「何か起きてからでは遅い、だから私の側にいたらいい。父親であるこの私のな」

「…………」


 蠱毒に操られていたとはいえ初めて『お父さん』と呼ばれたトクメはもう一度呼んでもらいたくしきりに『父親』を強調しているが、その時の記憶が全くないムメイは普通に気持ち悪がり更に離れて距離を取った。


「そういえば……なあ、ゼビウス。ムメイは後遺症とかなかったか?」

「ん? ああ、大丈夫。蠱毒に入られた前後の記憶がないだけで身体には何の異常もなかったよ」

「そっか、良かった。確認しようにもトクメに今まで以上に邪魔されて話しかけるどころか近づく事も出来なくて……いや、殺されないだけいいのかもしれないんだが……」

「うんうん……うん?」


 ムメイの心配をしているみたいだがそれだけで、照れていたり気まずいといった気配は感じられない事にゼビウスは疑問に思った。


 それしか手段が無かったとはいえ、キスをしているのならもう少し話しかけるのに躊躇ったり照れたりするなど意識してもおかしくはないのだが。


「あっ」

「ゼビウス?」

「いや、何でもない。気にすんな」

「? 分かった」

「(そういやオルトロスにキスの概念なかったっけ、なら俺達が気にする必要なかったじゃん)」


 犬や犬系魔物の愛情表現は基本相手を舐めたり甘噛みしたり、擦り寄るなどでキスはない。


 あのキスはただ蠱毒をムメイから引きずり出す為だけの行動であり、それ以外の目的も何も全く無かったらしい。


「(そもそもシスってキスを知ってんのかすら怪しいし……つまりこれトクメが無駄に騒いでただけか)」


 無駄に振り回された身としてはトクメに教えてからかってやろうかとゼビウスは思ったが、火に油どころか火薬を放り込まれたトクメがシスに何をするか予想出来ないので大人しく黙っておく事にした。


******


 いくらヒールハイが平和そうに見えても全く危険がないわけでもないので全員で街を歩き、街の中心にある噴水広場に着いた時だった。


「ヴィルモント! ローブも着ずにこんな日光の中を歩くとは気でも触れたか!? 灰になる前に早く影に入れ!!」


 いきなり大柄の男性がトクメに大きな布を被せてきた。


「!!? 何だ、何が起きた!?」


 流石のトクメも急に視界が閉ざされた事に驚き暴れているが、相手も布が外れないよう必死に押さえつけている。


「ヴィルモントって……もしかしてトクメの事を言ってる?」

「トクメ? まさか人違い、か……? すまん! 銀髪など他には見ないからヴィルモントと勘違いしてしまった!」

「銀髪とな!?」


 大柄の男は慌てて布を取ろうとしたが、何故かダルマが男の服を掴み動きを止めさせた。


「うおっ、と、銀髪がもう一人? 普通にある髪色ではない筈だぞ……」

「そのヴィルモントも銀髪と言ったな今! 銀の髪は妾達世界最古の怪物である証でありしかも先祖返り故の銀髪! ならば妾の子供である可能性が高い!」

「なっ、なっ!?」

「そう、その通り! 妾は心が読めるのじゃ! ヴィルモントもその力があるのじゃな!? ならばもう確実にヴィルモントは妾の子供である事が確かではないか! そなたは四大貴族のドルドラか! ヴィルモントは何処におる!? この街の西か! ならば今す、がっ!?」


 相手に話す隙を与えず興奮した様子で勢いよく話し続けそのまま走り出そうとしたダルマを止めようと、ドルドラは咄嗟に服を掴み返した。


「ちょっと待て! お前がヴィルモントの親だと? いやそれより声が大きい! 少し待ってくれ!」

「うむ、待つぞ! いくらでも待つぞえ! それでいつまで待てばよい? 五分か? 十分か? ようやく我が子に会えるのじゃ! 百年かかろうと妾は待ち続けるぞ!」

「さ、流石に数分では無理だ。まず落ち着いて俺からも話をさせてくれっ」


 ダルマの勢いに完全に飲まれているドルドラを横目にゼビウスは今も布に包まれもがいているトクメに視線を移した。

 気づけばトクメが元の姿に戻っていたのだが、布に全身包まれているおかげで誰も気づいていない。


「……お前いつまでそうやって遊んでんの?」

「遊んでいるわけではない。遊んでいるわけではないが……ゼビウス、少し、その……」

「?」

「トクメ? どうしたの?」

「ムメイは来るなっ!」

「っ!」


 何か起きたのかとムメイが心配して近づこうとすると鋭い声で止められ、ムメイは身体をビクッと震わせ伸ばしかけた手も引っ込めた。

 トクメは布のせいでその表情は見えていないようだがしっかり見ていたゼビウスはため息を吐き、トクメに近づくと軽く布をめくった。


「ああやっぱり。ムメイちゃんは気にしなくていいよ、この大きな布が絡まったせいで包帯取れただけだから」

「ゼビウス!」

「はいはい傷を見せたくないんだろ、見せてないしこのまま布で隠しておいてやるからさっさと巻き直せ」

「……」


 ゼビウスが布を持ち上げ周りから見えないようにするとトクメの包帯を巻き直す音が聞こえてきたが、同時に不機嫌な空気も漂ってきている。


「ふむ、もういいぞゼビウス。さあムメイ、今なら思う存分側に来てもいいぞ」

「…………」


 ようやく包帯を巻き終えたトクメが両手を広げるが、ムメイは何も言わず逆に離れていった。

 トクメは少し首を傾げそれでも両手は広げたまま近くが、ムメイは完全に警戒した様子で近づいた分だけ後ずさってしまう。


「な、なあゼビウス。なんかトクメもだがムメイも様子がおかしくないか?」

「トクメはいつもおかしいから大丈夫、特に今は『お父さん』呼びで理性剥がれてるから。ムメイちゃんは……まあ九、八割方トクメが原因だから放って……そっとしといてあげな」

「? 大丈夫ならいいんだが……」

「あい分かった! 今日の今夜じゃな! ならば妾達はヴィルモントのいる城から一番近い宿に泊まりそなたら四大貴族が揃い次第向かうとしよう!」

「お、おう……」


 親子としては大丈夫ではないがそこまで首を突っ込む事ではないとゼビウスは放置を決め、丁度背後でもダルマとドルドラの話し合いも終わったようだった。


「……あいつ勝手に宿決めてるけど誰が金払うと思ってんだ」

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