【もらい泣き】
オレと真琴は36課の部屋から、地下へと降りてきた。
新人のオリエンテーションがあるらしい。
蛍光灯が並んだひたすら真っ直ぐな廊下を二人で歩いていく。両側には鉄製の扉が並んでおり、重苦しい印象を覚えた。
「ここだよ」
先導していた真琴がひとつのドアの前で立ち止まる。
重い扉を開けて中に入ると、そこは薄暗い倉庫のような部屋だった。
「遅かったな。だいぶ待ったぞ」
部屋にはオールバックで長身細身の男が立っていた。その男は眼光鋭く、オレを値踏みするように見回した。
「課長の話が長くってぇ」
真琴は男の鋭い視線も気にせずに呑気に言う。男は仕方がないといった様子で溜息をついた。
「一樹だな。俺は
見た目年齢はオレと同じくらいだろうが、威圧感がすごい。前職はカタギで無いと言われても納得できる風貌だ。
とりあえず、大人しく挨拶しておくことにする。
「はい。宜しくお願いします」
「死神の職務は大きく3つの課に分かれている。死者を迎えに行く先導課。さまよっている霊体を保護する保護課。そして、死者を襲う悪霊を駆逐するのが我々警護課だ」
悪霊を駆逐する。何か穏やかでない感じがするのだが。
「そして、その任務の際に使用するのが、ここにある獲物たちだ」
「獲物?」
いよいよ物騒な言葉出てきた。
「悪霊を退治するアイテムだよ。私のはほら、これだよ」
真琴が腕にはめている時計の横のボタンを押すと、ブォンと音がして真琴の手に長い柄のついた鎌が出てきた。よく絵に描かれている死神が持ってるようなあの鎌だ。
「うぉぅ!」
いきなり出てきたそれにオレはびっくりして後ずさる。
「こんな狭い室内で獲物を出すな! 危ないだろうが」
七瀬が真琴を叱るが、真琴はごめんなさ〜いと言いつつも悪びれない様子だ。
「悪霊ったってたいてい黒いモヤみたいな思念体だし、ちょっと訓練したらなんとかなるって。私もなんとかなってるし。それに、実戦なんてそうそうないから! 一樹は運動できるし、剣道やってたから大丈夫だよ」
真琴は気楽な感じで言う。
「いや、精神鍛錬のためにやってはいただけだし、鎌なんて持ったことなんてないから」
なんとも適当な真琴の言葉にオレは七瀬に同意を求める。
「確かに
七瀬も案外気楽だ。
「さて、どれにする。いい獲物が揃ってるぜ?」
七瀬に着いて部屋の奥に入ると、壁や棚に大小様々な鎌が置いてあった。手斧や鎖鎌まである。
どれにすると言われても。
オレは部屋を見回すばかりだった。
***
それから、2人の助言を受けながら、どうにか自分に合いそうな鎌を選び、オレたちは地下から出た。
いつも昼間の世界がひときわ明るく感じられた。真琴が隣で腕時計を見る。
「あっ。もうお昼過ぎちゃったね。ご飯食べようか。職員食堂もあるけど、七瀬さんがお昼休憩は長めに取っていいって言ってたし、街に出よう」
オレたちは街への坂道を下っていった。
道すがら、真琴が話しかけてきた。
「いきなり、鎌持って戦えって言われてびっくりしたでしょう」
真琴はクスクス笑う。
「死者を迎えに行くのだけが死神の仕事だと思っていたからな」
少しの沈黙の後、真琴は口を開いた。
「……本当は、私、始め先導課にいたんだ。でも、迎えに行った人が泣いたら、私ももれなくもらい泣きしちゃってさ。見かねた上司が警護課に回したの。幸い運動神経は良かったし、こちらの方が気が楽だった」
そういえば、子どもの時の真琴も自分のことでは泣かないが、人がちょっとでも泣くと動揺して、一緒に泣いていた。下手したら、本人より泣いて、それを見た本人が泣くのをやめたほどだった。
自分のことにはとにかく鈍感で、けれども、他人の悲しみ、怒りの感情には過敏だった。昔と全然変わらない。
「今は泣くことはない?」
オレの問いに真琴は頷いた。
「めったとないよ。この課は死者に直接会うことが少ないし、悪霊叩くのは慣れると割と平気だよ。一樹は、人の気持ちに寄り添うの得意だし、先導課に向いてそうだけど、ごめんね。私に付き合わせて」
真琴は眉を下げて申し訳無さそうに言う。
オレは静かに首を横に振る。
「いいんだ。オレは真琴がやりやすい方で」
「一樹はいつもそう言うね。私ばかり優先してくれる。自分のこと考えていいんだよ?」
それは、今さらだった。
「オレは今も昔も真琴の笑顔が1番だから」
すると、真琴は顔を真っ赤にして照れる。
そして、オレの腕に自分の腕を絡ませる。
「私も、一樹の笑顔が1番だよ。大好き」
その顔と言葉で、オレの顔も熱くなった。
これはもらい照れか?
2人は無言で寄り添って歩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます