2人に【幻想】的は似合わない
粗方の買い物を終えて、オレたちはこれから住むことになる住居にやってきた。
通りの鉄の柵を開けて中に入ると木々の緑が美しい中庭に出た。四方を建物が囲んでいる。他の住人の姿は見えず、人が住んでいるとは思えないくらい静かだった。
建物は石造りで、凝った装飾がしてある。どこかヨーロッパあたりのアパルトマンを彷彿させるような外観だった。
「こっちだよ」
真琴は奥の建物に入っていく。
建物内は日が遮られ、暗くひんやりと涼しかった。真琴を先頭に螺旋階段を登っていく。どんどん登っていき、5階で廊下に出た。いくつかある扉を通り抜け、突き当りの扉で真琴は立ち止まり、金色の鍵を取り出して鍵を開ける。
部屋の中は案外広く、白を基調とした家具が部屋を明るく見せていた。
玄関を入ってすぐに小さなキッチンがあり、その続きにダイニングとリビングがあった。奥の扉の向こうにはベッドルームがあるのだろう。
「私がちょっと前に越してきて、ちょこちょこ用意してたから大丈夫だと思うけど、足りないものとかあったら、またおいおい2人で買いに行こう」
部屋はすぐに2人で生活できるように準備されていた。待ち望まれていたのだなと思うと胸が温かくなる。
「いろいろ準備してくれて、ありがとうな」
改めて礼を言うと、真琴は嬉しそうに頷いた。
それから、買ってきたものを片付けるなどしていると、真琴が、そろそろ夕飯の支度をしなきゃと慌てだした。
腕に付けている時計を見ると、デジタルで18時と表示されていた。この時計は死神に支給されるもので、時刻と仕事時間の通知がくるらしい。そして、他にもいろんな機能がついている死神に必須のツールなんだそうだ。ここは一日中、空が明るいので、時間の把握は、この時計頼みとなる。
「夕飯は昨日のうちに買い物してきたから、今から作るね」
「真琴、料理できたっけ?」
「こちらで長く自炊してるんだから料理くらいできるよ。見ててよ。とびきり美味しいの作ってやるんだから」
「手伝おうか?」
「今夜は私が作るから、一樹は座って休んでて」
真琴にキッチンから追い出される。
座っているだけなど落ちつかないのだが、変に動けず、とりあえず大人しくリビングのソファーに座った。
「一樹。起きて。ご飯できたよ」
真琴の声で目が覚める。ついウトウトしてしまっていたようだ。
「悪い」
目を擦りながら詫びる。
「こちらに来たばかりだから疲れてるんだよ」
部屋は遮光カーテンが引かれていて暗くなっていた。夜は暗くしないと体内時計がおかしくなるからね、と、真琴は言った。
部屋の明かりは食卓にあるろうそくの火だけのようだ。
「今日は初めて2人揃った日だし、雰囲気出したくて」
確かに、ろうそくの光にだけの食卓はどこか幻想的に見えた。
食卓には肉のソテーやサラダなど所狭しと置いてあった。
「すごい豪華だな」
「へへ。奮発しちゃった。さぁ。食べよ」
オレたちは席に着いた。
いただきますをして、前菜らしきものを一口食べる。
「うまい!」
ここに来て初めての食事はすごくおいしった。真琴がこんなに料理ができるんだなんてと驚く。
「そうでしょ? よかった。いっぱい食べてね」
真琴は安心したように自分も食べ始めた。
照明は幻想的でも、2人は幻想的になりきれず、子どもの時のように積もり積もった話をワイワイしながら、2人で食事をした。
その後、片付けたり、順番で風呂に入ったりしていると、いつの間にか22時になっていた。
「明日は8時半出勤だよ。そろそろ寝ようか」
寝室の扉を開けると大きいベットが1つ部屋の真ん中に置かれていた。
「これに2人で寝るのか?」
取り敢えず聞いてみる。
「そうだよ。新婚さんは一緒に寝るのがいいってハスミさんが」
新婚って。それにハスミさんって誰だ。
今さら良い雰囲気にって無理だよなと思いながら、オレは今夜、絶対眠れないことを確信した。
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