第一章24 『“その目に映るのは”』

 


 キーン、コーン、カーン、コーン……


 二十五人の生徒がこのクラスルームに集まり、着席してる中、チャイムが学院内に鳴り響く。

 クラスの正面にある時計の針が指すのは9時半。本来ならば……、


 ……本来なら、もう先生が来てもいい筈なんだけどなぁ。流石に道を間違えたとかは無いと思うけど……。


 時計の長針はもう十二度傾いている。2分過ぎたのにもかかわらず、依然として先生が来る様子は無かった。


 本来ならば、チャイムが鳴る頃には担任の先生が各クラスに来ている筈なのに、来ていない。実はかなりの問題が起きているのだ。


 そしていよいよ、時計の長針は十八度傾こうとしている。


 ……本当に大丈夫なのか?


 流石にそろそろ、コウは本当に心配し始める。――だがその時、クラスルームの一番後ろから人の歩く足音が聞こえた。


 コウは、クラスメイトの誰かが耐えきれなくなったのだと予想を立てながら、後ろを振り返る。しかし、そんなコウの想像を裏切るような光景が、目に映った。


 足音を立てていた人物は、生徒では無かったのだ。


 教師らしいスーツに身を包んだ黒髪の女性。身長は女性の中でも高めで、髪も瞳も黒色に染まっている。

 髪は後ろでまとめていて、目つきが若干悪いせいか厳しそうな印象を受けた。


 その女性は、コツコツと足音を響かせながら、前まで歩いて来る。その顔には、何とも言えない不思議な笑みを浮かべていた。


「すまないな。誰も私に気づきそうになくて、つい耐えきれなくなってしまったよ」


 そして、歩きながらその女性は何かを言っているが、コウの理解が追い付かない。ただただコウは、驚愕していた。


 ……まさか……、


「フッ、そのまさかだよ」


 まるでコウの心の声に合わせたかのような言葉を告げながら、その女性は前にある教壇に立つ。


 そして、ほくそ笑みながらコウたちに告げる。


「私の名前はミラ・カイトス。このクラス――1Aの担任だ。――宜しく」


 その女性――このクラスの担任は、その目に何かを映らせながら、静かに嗤っていた。



 * * *



 このクラスの担任となるミラ先生の言葉に、誰一人として返す言葉が無く、クラス内が静寂に包まれる。

 誰一人とも口をひらこうとする者はいない――と思ったら違った。


「ミラ先生、一つ聞いてもいいですか?」


 コウよりも後ろの席から、一つの声が上がる。コウはその声に既視感を感じながら、声の元へと視線を向けた。


 深紅の髪を揺らして立ち上がり、そのルビーのように輝く瞳をミラ先生に向けている。声を上げた少女は、あの次席の少女――ヘスティアだった。


 ……まさか、同じクラスになるとはな。首席と次席は流石に分けると思ってたんだけどな。


 やはり、学院側の思惑があるのかもしれない。これはこれで、とても興味深い疑問だ。

 しかし、とりあえず今はそれどころではない。コウは意識をヘスティアの方へ傾けた。


「ミラ先生は、初めからずっとクラスルームの後ろで息を潜めて立っていた、と仮定させてもらいますが、何故そんなことをしていたのですが? 私たちを試すおつもりで?」


「……そうだな、まずその仮定は正しい。そして、お前たちを試していた、というのも少しあるな。――だが、少し違う」


 ヘスティアはミラ先生に問いかけ、その答えを待っている。

 ミラ先生は少し違うといっていた、つまりコウたちを試すということ以外にも、あの行動には理由があったということだ。


「――。それは――」


「お前たちに、楽しんでもらうためだ」


「――え?」


 ミラ先生の斜め上な回答に、思わずヘスティアは情けない声を出す。しかし、それはヘスティアだけではなかったようで、クラス中が不穏な雰囲気に包まれた。


 ……楽しんでもらう?

 ……どういうことだ?


 ミラ先生の発言に、当然コウもいくつかの疑問を浮かべる。しかし、なかなかミラ先生の真意を掴むことが出来ず、コウは眉間にしわを寄せた。

 時計の秒針とミラ先生だけが、こんな中でも平然としている。


「ふっ、折角このアストレア剣術学院に入ったんだぞ、にただ日々を送っているだけでは、だろ。まだ可能性を秘めていて、伸び代ばかりのお前たちだ、この学院に入れたかといって、この世界にそのまま通用するわけではない。 ――面白く、真剣に、前に向かって、お前たちには毎日を過ごして欲しいんだ。 だから、この話は終了。私に気づく者がいなかった。それで十分だ」


 ミラ先生の言葉は完全にこの場を掌握していて、誰もが言葉を失った。ヘスティアは既に勢いを失っていて、今では突っ立っているだけになっている。ミラ先生の話す言葉は何故か、すんなりとコウたちの頭に入ってきた。


「――っ」


 すると、そんなそんな空気を察したのか、「分かりました」とだけ告げたヘスティアは静かに着席する。

 その姿を見たミラ先生は、一瞬微笑んでから、再び話を始めた。これからの学院生活についての話だ。


「大体のことはもう散々聞いていると思うから、私からはまず食堂について話させてもらう。

 お前たちがこれから住むこととなる寮は、一人一部屋で、十分な設備が整っているのはもう知っているな。寮には台所があり、自分で料理することが出来る。

 しかし、中には毎回料理するのが大変な時がある。だから、そんな時には食堂を是非とも利用して欲しい。言っておくが、頬っぺたが落ちるくらい美味いぞ」


 少し長めの話が終わるのと同時に、数名の口から感心するような声が上がる。

 ミラ先生の話し方がさっきまでとは少し違い、弾んでいるのもあって、俺はワクワクとドキドキで胸を躍らせていた。


「食堂のメニューはな、A定食とB定食に分かれていて、A定食の主食は白米で、B定食の主食はパンなんだよ。それが凄い美味しくてな〜」


 ……成る程、主食を気分で変えれるのか。ふかふかのお米に、モチモチのパン、想像するだけでお腹が空いてきそうだな。


 まぁ、流石にお腹が空くことはなかったが、食堂の話になってからクラスの空気が和やかになっている。


 その後も、この和やかな空気を保ちつつ、寮の場所や教育施設の説明、行事のお知らせなどがミラ先生によってされていった。

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