第34話 対面

 アイメリアは、幾重にも続くアーチ状の回廊を縛られた状態で進んでいた。

 縛られることも、罵られることも、今の状況を考えれば致し方ないことなのだと思っている。

 養父母が精霊神殿で何をしでかしたのかは知らないが、アイメリアは、養父が精霊の存在を全く信じていないことを知っていた。

 あの養父ならば、精霊さまに対してどれだけ失礼を働いても、不思議ではないだろう。

 そう考えたのだ。


(誠心誠意謝って、怒りを解いてもらわなければ)


 今はそれだけが頭のなかにあって、壮麗な神殿のたたずまいもあまり目に入らない。

 それでも、かなり長く歩いたのになかなか行く先にたどり着かないことで、ザイスの屋敷よりも遥かに大きな建物なのだろう、ということはぼんやりと理解出来ていた。


「本当にこんな小娘一人でアレが収まるのでしょうか?」

「私が知るか! しかし、何もせぬよりはマシだろう。神殿長殿の有り様を見たか?」

「いえ、私は祭司堂に入れるほどに位が高くありませんので」

「ふん、信心が足りぬな」


 周囲で交わされる会話に、アイメリアは不安を増大させる。

 もし、自分の謝罪だけで精霊さまの怒りが収まらなかったときには、いったい何が起きるのか? それを考えると、体が震えた。


「ラルダスさま・・・・・・」


 口のなかでその名を呼ぶと、萎えかけた勇気が溢れて来る。

 ほんのわずかな時間を共に過ごしただけであったが、ラルダスはアイメリアの救い主であるだけでない。

 その生真面目で実直な人柄によって、ずっと凍えていたアイメリアの心を暖めてくれていたのだ。

 誰かのために家を整え、誰かのために食事を用意する、それは単なる仕事ではなく、楽しいことでもあるのだ、とアイメリアが感じたほどに。


 やがて、白と青のローブを着た人達で溢れる場所に着いた。

 建物のなかとは思えないほどに広々とした場所だ。

 人々の見つめる先には小さな扉があり、まるでその扉を恐れるかのように、その前だけ、ぽっかりと空間が出来ていた。


「例の娘を連れて来たぞ」

「お待ちください」


 アイメリアを乱暴に引き立てた男を制止したのは、青いローブを羽織った男だ。


「ここにおられる方々からお聞きしましたが、そのようなまだうら若い少女に責任を取らせるとのこと、まことでありましょうか?」


 扉近くにいた白いローブの男が「チッ」と舌打ちをする。


「お前達奉仕者が余計なことを考える必要はない。ひたすら祭司さま方、ひいては精霊さまに仕えればいいのだ。俗世との交わりは我らが行う」

「神殿長さまや重席の方々は、常に我らにただ祭司さまと精霊さまのことだけを考えればよいとおっしゃるが、少女を精霊さまのにえとするなどという話は勝手に決めていいことではないはずです。そもそも、席や役というのは俗世向きの役割であって、信徒の間に格差はない。我々にも、話を聞かせてもらいたい」


 何やらもめているようだ、とアイメリアは困惑した。

 その間にも、周囲を染める怒りの熱が息苦しいほどに高まっているのに。

 早くしないと、この怒りの感情がどこかに着火してしまう。

 アイメリアは逸る心を抑えきれず、思わず声を上げた。


「あの・・・・・・」

「みつけた」


 その瞬間、アイメリアの耳に、今までの囁き声達と似ているようで違う、リアルで肉感のある、女性のような声が聞こえた。

 思わずまわりを見回すも、声の聞こえた距離に誰の姿もない。

 だが、今まで肌を実際に焼くような熱さすら感じていた、大気に満ちていた怒りが、スッと消えたのをアイメリアは感じる。


 そして、人々が避けるように距離を取っていた扉がバタン! と、内側から開く。

 その途端、口汚い罵り合いに発展しかけていたローブの者達が、一斉に頭を垂れ、両手を胸に重ね、祈るような姿勢を扉へと向けた。


「祭司長さま・・・・・・お久しゅうございます」


 青いローブの男女が、そのまま膝を突く。

 白いローブの者達も、慌てて同じ姿勢をとった。

 そのせいでただ一人立ちすくむこととなったアイメリアは、慌てて、縛られた状態で不自由ながら膝を突こうとしたが、山登りで皮が剥けてしまった足の裏が痛み、思わずよろける。

 転ぶ、と思ったアイメリアだが、その体を、なにか暖かい風のようなものが支えてくれたおかげで、床に無防備な体をぶつけることは避けられた。


「その娘を縛ったのは誰だ」


 冷ややかな声で、扉を開け放って現れた男が問う。

 答える声はない。


「あれをするな、これをやれ、命じる言葉は口うるさいほどに発するくせに、こちらが問うと答えない。お前達はいつもそうだ」

「祭司長さま・・・・・・もしよろしければ、我らがそのお心に添うようにいたします。それこそが我らの役割ですから」


 青いローブの男が頭を垂れながら口にする。


「お前達奉仕者は、そういう役割とは言え、逆に何も口にしなさすぎる。私達は別に尊い存在などではない。普通の人間だ。ただ精霊と会話することが出来るだけ、のな」

「それこそが尊いのでございます」


 祭司長と呼ばれた男は、ふう、とため息をいた。

 処置なし、と思ったのだろう。

 その様子は、本人も言った通り、やや俗っぽいものだった。

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