第10話 不器用な二人
ホフラン・ザイスは審議の席で必死に言い訳をしたが、神殿側は反省の意味を込めて弁明を鵜呑みにはせず、調査員を派遣して、館の使用人や周辺の者達への聞き込みを行い、ザイス家に残る記録などを洗いざらい調べることとした。
その結果、ホフランがアイメリアを使用人のように扱い、外に出すことすらなかったということが判明したのである。
神殿側は王国側の行政との合意の上、ザイス一家に終身強制労働の刑罰を下した。
残された膨大な財産は、半分を国が接収し、残りは被害者であるアイメリアの資産とすることとなる。
とは言え、その肝心のアイメリアは結局見つかることなく、神殿関係者の心労は増すばかりとなったのは言うまでもない。
◇◇◇
さて、ザイス家の凋落から少しばかり時を
育った家がやがてそのようなことになるとは夢にも思っていないアイメリアは、自分を救い拾ってくれた神殿騎士ラルダスの家を初めて訪れ、ラルダスの現在の状況を把握した。
「洗い物はその辺に放り出してあるし、調理場は使われた形跡がないし、書斎にもホコリがたっぷり積もってる。本当に寝るためだけに使っているって感じね。修練所になっている庭は確かに広いけど雑草だらけだし、一応別に植物を育てることが出来る場所もあるけど、土をいじった形跡もないわ」
ついでに言えば、剪定されていない大きな木が縦横無尽に枝を広げていて、せっかくの干し場が影になっている。
「これは、やりがいがあるわね」
また、家の大きさに対して、かなり立派な厩舎が付属していたのだが、こちらも使われた形跡がない。
馬を持たない騎士というのは考えにくいので、職場のほうに預けっきりなのだろうとアイメリアは推測した。
なにしろ馬の面倒を見る者がいないのだ、ここに馬を置いていては、馬の健康どころか命に関わるだろう。
だから、休暇であると言った昨日、馬に乗っていなかったのだ、と結論つける。
しかしそのせいで、馬も持たぬ騎士と蔑まれていたのをアイメリアは聞いた。
「私に騎士さまの馬のお世話、出来るかしら?」
アイメリアには、一応馬の世話の経験はある。
アイメリアの暮らしていた屋敷には、父であったホフランが見栄のために仕立てた馬車があり、その馬車に繋ぐ見事な白馬が飼われていたのだ。
ケチなホフランは専用の厩務員を雇うことをせず、使用人にその世話をさせた。
使用人達は、慣れない世話をして、馬になにかあったらホフランの不興を買うと考え、なんとその世話をアイメリアに丸投げしたのだ。
その頃、アイメリアはまだ八歳、馬を見るのも初めてで、世話の方法など知るはずもない。
失敗して当たり前の仕事だった。
しかし、アイメリアにはささやき声の主がついていたため、馬に必要なものを教えてもらったり、馬の飼育について記載されている書物を探し出したりして、なんとか世話を続けたのである。
何よりも、アイメリアにとって馬と接している時間は幸福だった。
馬も自分の気持ちを理解してくれるアイメリアに懐いたし、裏表のない動物と共にある時間は孤独なアイメリアの心を癒やしてくれたのである。
「あの子達元気かな?」
アイメリアが世話をしていた馬達は、もうそれなりの年齢となっているが、まだまだ毛艶もよく元気だった。
ホフランはケチなので、使えるうちは馬を買い替えたりはしない。
その点においては、アイメリアは安心していた。
しかし、専門の厩務員を雇うことはしないだろう。
残った使用人だけで馬達の世話が出来るのか不安があるが、アイメリアにはどうしようもない。
「お前に馬の世話を命じたりはせんぞ」
厩舎を前にボーっとしていたため誤解したのだろう。
アイメリアの主となった神殿騎士ラルダスは、そう声をかけた。
「あ、いいえ、前に暮らしていたところで馬を世話していたので、その馬達のことを思い出して……」
「お前、馬の世話が出来るのか!」
ラルダスはぎょっとしたようにアイメリアを見る。
あ、怒られるかな? と、怒られ慣れているアイメリアは思ったが、続くラルダスの言葉は違った。
「なんでも出来るんだな。驚いた」
「なんでもは出来ませんよ。基本的なことだけです」
「いやいや、馬の世話ってのは大変だぞ? 一応俺も騎士だから一通り世話も出来るが、さすがに毎日の業務をこなしつつは無理だからな、自分の馬は持たないことにしているんだ。一応騎士団には、俺専用の馬はいるが、所有権は神殿にある」
「確かに騎士さまなのですから、馬も職場にいたほうが便利でしょうね」
アイメリアが納得してうなずくと、ラルダスは変な顔をする。
目つきが悪いため、不機嫌そうな表情に見えるが、アイメリアはそれが戸惑いの表情なのだ、と既に理解していた。
「騎士だから自分の馬を持て、とは考えないのか?」
「育てられない馬を飼うほうが無責任だと思います。ラルダスさまは、ちゃんと馬のことを考えておられるのでしょう?」
ラルダスの挙動が急におかしくなる。
妙にそわそわし出したのだ。
「どうなさったのですか?」
「いや、ええっと、こういうときは礼を言うべきなのだろうか?」
「え?」
アイメリアはラルダスの戸惑いがわからずに首をかしげる。
実のところ、二人共他人に肯定されることが人生においてあまりなかったため、認められることに対するリアクションに慣れていないのだ。
そうして、二人は不器用ながらも歩み寄り、この家での新たな生活を開始したのだった。
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