第374話 シューラスク(後編)

 同じ大学だなんて思いもしなかった。

私達は得意な事もやりたい事も違っていて、好きな事も違っていて、ゲームは同じくらい好きな事だ。


 教室の真ん中の席で私は、ぼや、と前を向いていた。

何も書かれていない黒板はチョークの汚れ一つなく綺麗で、まだ夏が残る九月のぬるい空気が窓から入ってきている。

ハンドタオルを置いたままの自分の机におやつのシューラスクの袋を広げて、隣から伸びてくる男子の手を目の端に捉えながら私も一つ食べる。


 かりっ、と香ばしいひと齧り目と、さくさくっ、と軽い咀嚼音が楽し。

バターの風味が、ふわっ、としてこれは手が止まらなくなるやつだわ。

という事で、二つ目、三つめ。

プチシューの皮っぽいからひと口サイズで、ぽいぽい、食べちゃう。


「うんまー。で、ぶんどったってマジ?」


 男子も三つ目のシューラスクに手を伸ばしながら聞いてきた。

それはちょっとした遊びの言い方で本当はこうだ。


「交換したのよ。カトー君に合うかなっていう筆があってね、それを贈ったらお返しにくれたの」


 鮮やかな孔雀の羽の筆は私に扱えなかった筆で、二回ほど使用したものだけれど状態は良いやつだ。

観賞用にとっておいたのだけれど、カトー君なら上手く使ってくれるかな、と贈ったのだ。

これまでの頑張りと、もう一つ、遊びながら綴ってほしい、という意味も込めてだ。


「へぇ。文化祭で早速使ってくれたりしてな」


「うん、上手く書けたらだけれどね」


「ははっ、厳しー」


「変に甘くしてもカトー君は喜ばないもの」


 彼はそういう人だから、私もそうでありたい。


 書道部は今年も展示をメインに文化祭を飾るつもりでいる。

去年のように好きな言葉を、好きな詩をと考えてはいるけれど、今年はもう一工夫する事にした。

使用した筆やペンも飾るのだ。

毛筆でも色んな毛があるし、万年筆やクレヨンなど書く道具は沢山ある。

デザインしたような書ももちろん、楽しいものになりそうと今からわくわくしている。

けれどその前に、学生の本分ともいえるテストがあるのでもう少しおあずけ。


「──そっかぁ、同じ大学なんだ……」


 改めて、ぽつり──かりっ、と呟いてみると、すぐに男子が反応した。


「シウちゃんが受かればなー」


 ん?


「リョウ君が受かれば、じゃないの?」


 横目同士で、かりっ、と、さくっ、とレディファイト。


「何があるかわかんねぇじゃん?」


「私に限ってそれはないわ」


「強ぇなー」


「弱虫はもう卒業したもの」


「俺もそう言いてぇけれど現状厳しめ」


「そっかぁ、同じ大学じゃないのね」


「諦めが速攻過ぎる! 頑張ってっから! マジ、ほんとにっ……俺なりにだけれどっ」


 さくさくさくっ、と小刻みな勢いと最後の小さな弱音──ううん、頑張りが面白くてつい笑ってしまった。

男子が頑張っているのはそばで見ているし、知っている。

私が感化されるくらいだから相当だ。

おそらくこれから本を読んでいた時間やゲームで遊んでいた時間は削られ、勉強の時間が多くなっていくのだろう。

もしかしたらこのお菓子時間も少なくなるのかもしれない。


「──


「え?」



 いつもの男子の変な言い方は、始まる事がもう終わったみたいに言うやつで、私を元気にしてくれる私のお気に入り。

言葉通りに時間は減るけれどなくなるわけではなくて、また私が好きな時間を作ってくれる、過ごしてくれる。


「ふふっ、そうね。場所は違っても大切にしたいもの。けれど大学ってどうなるのかしら。学部違うとなると結構厳しい?」


「そゆのは大学生になってから考えるべ」


「なれるかどうかだものね」


「はーん、まだ続くんかーい」


 男子が悪戯にお菓子の袋を持って、そのままざらざらと全部流し食べしそうになったので慌てて止める。


「ごめんなさいー、ちゃんとわけっこして食べましょ。あ、最後の一つは私のだからね」


「はいはい」


 一か月くらい間が空いてもこの時間は変わらない。

席が変わってもお菓子が変わっても、距離はどんどん近づく感じ。


「テストもだけどさ、最近、遠くの事ばっか考えてるや」


「ふん?」


 ちょうどまた一つ、シューラスクを食べたところだったので変な返事をしてしまった。


「地元離れるんだなー、とかさ。文化祭とかまだ色々あんのにすっとばしてんの。そんでさ、完璧思いつきなんだけれど………………やっぱなし」


 ごくん。


「やっぱなしは、なしよ」


 もう気になって仕方がない。

すると男子は項垂れた後頭部を撫でながら、ちら、と私を見て言った。


「…………もし、の話な? あー……そのー、あー」


 煮え切らない中、私はもう一つ、かりっ、と、さくっ、と待った。

また、ごくん、と飲み込んでから聞こえたのは、私の目が真ん丸になる事だった。


「──

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