第344話 寒天(後編)
てとん、と机の端に置いていた携帯電話が通知音を出した。
シャーペンをノートに転がして、携帯電話を手に取る。
『明日晴れ!』
男子からの簡単なライーンはもう一つ、写真が届いた。
けれど真っ暗な夜の空しか見えないけれど、つまりこういう事。
立ち上がった私は部屋の窓へと近づく。
カーテンを開けて窓を開けて、クーラーが効いた部屋に生暖かい風を入れて、見る。
『ほんと、晴れるわね』
真っ暗な夜の空に無数の光が飛んでいた。
星がいっぱい出た次の日は晴れるというのは本当は根拠がないらしいけれど、大体そうだからきっと晴れるでしょう。
夕食を取ってお風呂に入ってからずっと部屋で勉強をしていたため、首や背中が少し痛い。
腕を高く上げて背伸びをして深呼吸。
受験までこれがほぼ毎日続く。
まだ始めたばかりなのにこんな事ではいけない。
『勉強の邪魔だったらごめんな』
『大丈夫。いい休憩だわ』
いいタイミングで男子がライーンをくれたと思う。
だって私は夜食のデザートを忘れていた。
二口くらい食べてからずっと置きっぱなしにしていたなんて私らしくない。
窓を閉めて、カーテンを閉めて私はまた机に戻る。
父さん手作りのグレープフルーツの寒天は、黄色とピンクの二種が入ったさっぱりした毎年恒例の夏のおやつだ。
すくん、とスプーンが入る感触、グレープフルーツの実をごろん、と掬う瞬間、口に入ってすっきりとした冷たさがすぐに広がる感じ。
弾ける粒粒のくすぐったさ、美味し。
行儀悪くもスプーンを口に咥えたままライーンを打つ。
『コセガワ君に対策してもらったところやってる?』
返事はすぐ、てとん、てとん。
『苦手なとこ重点的にな』
『偉い偉い』
『偉いべー』
『一人で勉強するのってつまらないわ』
『ちょっとわかる』
『ちょっと?』
『一人で集中もいんだけど、誰かいるとよりやんなきゃ的なの出るくね?』
『ちょっとわかる』
『真似っこ! で、前に通話したじゃん?』
『うん』
『あん時俺だけ課題やっててシウちゃんゲームやってたじゃん』
『覚えてるわ』
『あんま喋んなかったんだけどさ、なんかたまに話したりとか、ちょっと聞こえる音とか、すげぇ
『ゲームの音聞きたいの?』
なんて茶化すと──てとん。
『シウちゃんの音が聞きてぇの』
と、返ってきた。
文字ってずるい。
声だったら小さいだろうなとか、言いにくそうにだとか見えるのに、なんて事なさそうに思ったままを見せてくる。
これがライーンじゃなかったら、きっと男子はノートを見たままなんとなく言って、それからちょっと照れるんだわ。
『あっ! 恥ずかしー事言ったっぽい!』
ほら、私まで少し恥ずかしいのを分けてくる。
『電話する?』
夜は深い。
『んや、今日は一人でやる』
ちぇ、なーんだ。
『今度一緒に勉強しよ。そんでわかんねーとこ教えてほしーのです』
がっかりから、うきうき。
可愛い顔文字もつけてきた男子は約束を結んできた。
『教えてあげなくもない』
『さんきゅ! ちゃんと教えてくれるのがシウちゃんだもんなー』
見破られる文字にまた微笑む。
こういうやりとり、大好き。
私らしくて、私達らしい。
『んじゃちょっと早いけどおやすみ』
今日最後のライーンに、おやすみなさい、と返した私は残りの寒天を食べ切る。
つる、とほぐれたのをごくん、と飲んだ。
シャーペンをまた握る。
ひたすら書いて覚えるのも勉強法の一つだけれど、少し飽きる。
何か他の──と、私は思いついた。
インクはある。
けれどまだ、一度試し書きをしただけで閉まったままだった。
もったいないようで、けれどそのままももったいないようでとそのままにしていた。
「……うん」
今日はいい夜だ。
こっちの方が少し豪華だけれど、私の空にぴったりだ。
誕生日に男子から貰ったプレゼント──星空を閉じ込めた藍色のガラスペン。
インクを染み込ませて……うん。
ひとりで夜を見ながら勉強するのも悪くないわ。
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