第248話 シュガーパール(後編)
中身の好きだけれど、外見も好き。
ものくろ屋で購入したシュガーパールは、ものくろ屋さんが定期的に変えているお土産用の商品で、とても可愛いの一言。
店主のカナリアさんの名前から来ているのか、黄色い羽は鮮やかで、この缶目当てで買ってしまうという商売上手なデザインでもある。
もちろん開ければ小さくカラフルで宝石みたいな砂糖菓子がぎっしり入っていて、付属の小さなスプーンが付いているのだけれど、このスプーンで掬って口いっぱいに食べてしまいたくなる美味しさだ。
けれど、もったいないから一つずつ。
私はまた一粒、食べて、舐めて、溶かして──今度はマスカット味を楽しむ。
「缶目当てで買ったんか?」
と、突然男子が言った。
相変わらず目線は足の上の漫画雑誌に向いている。
「どうしてわかったの?」
「ずっと見て、なぞってっから」
やっぱりこっちを向いていないのに、まるで見えているみたい。
「それも、ある」
「ふっ、そういうキレーなの好きだよな」
「カワイーのも好きよ?」
「プラス、オイシーのも好き」
むん、と口を尖らせるとやっとでこっちを見た。
男子は、変わった。
変わっていないようで、変わった。
「ちょっとこっち向いてくれる?」
「ふん?」
頬杖をついて私を見る男子を頬杖をついて見つめ返す。
「……んー……」
「何だよ、人の顔見て眉間に皺やめろぃ」
あ、わかった。
「いつもと位置が違うんだわ」
私はいつも男子の左側にいて、今日は右側にいる。
だから見え方が違っただけ。
「そう言われればそーだけど……気になる?」
「ちょっとだけ」
私は男子が持ってきたお茶をストローで飲む。
キャンディ、という紅茶は飲みやすくてシュガーパールにも合う感じだ。
缶をざらざら、と揺らせてシュガーパール達の色の場所を変える。
綺麗、可愛い。
「さっきの質問」
「あー、どんなんなりたいか?」
「うん」
私は色んな私になりたい。
例えば、もっと綺麗になるとか、もっと──。
「──大人になりてぇなぁ」
同時に、先に、言われてしまった。
「ふふっ、私も」
「お前は結構大人っぽいと思うけれど?」
「そんな事ないわ」
まだまだ子供でいたいけれど、そろそろ大人の準備も始めなければならない。
いつまでも子供のままでいられない。
すると男子は足事、体ごと私の方に向いた。
私も同じように体ごと男子の方を向く。
膝が近い距離でにらめっこしている。
「クラスの誰よりも大人っぽいよ、マジ」
「どの辺が?」
「雰囲気とかー、黙ってる時とかー」
「んふっ。とかー?」
笑いながら私は男子の爪先を自分の爪先で小突いた。
「字、書いてる時とかー。どきっとするよ」
集中してるせいかしら、とお茶を飲む。
「あとたまに──どこ見てるかわかんない時とか?」
それは私にもわからない。
「結構考え事するだろ? そんな時かな」
「……どうかしら。自分じゃわからないわ」
「たまにな、教室にいる時とか、本もないのに俯いてる時とか、なんか違う顔してんなって思うわけよ。んでも邪魔しちゃならんような……そんなん、ある」
俯いてる時──姉さんを想う、時。
私は自分の爪先同士をこつっ、と合わせた。
「……クサカ君も、たまに大人っぽいわ」
「そう?」
今とか、少し前とか、端々に感じる。
私達は子供で、大人になろうとしている途中。
まだなりかけの大人は、たまに鳴る音みたいで、私達の中に響いていく。
それがどんどん多くなって、いつしか普通になっていくのかもしれない。
けれど──姉さんは私がなろうとしている十八歳で、その響きが止まってしまった。
すると男子が私の手に触れた。
「……なーに?」
「今、そんな顔してた」
「どんな顔?」
「──寂しい顔」
……やだなぁ。
顔は変えてないつもりだったのに、見破られちゃう。
「顔、上げてろよ」
「ふふっ、命令?」
男子はシュガーパールを付属のスプーンで掬って、たくさんの粒を手のひらに乗せた。
色とりどり、たくさんの味から一味をつまんで、私の唇に押し当てた。
「そ。この方が色んなシウちゃんが見れるし、そんで俺が見えるだろ?」
こうやって食わせる事も出来る、と男子は微笑んでいる。
唇の間からシュガーパールが入って、瞬間、溶けた。
ハチミツ味の、優しい味。
男子を見ると、ふいな大人っぽい顔で笑っているように見えた。
「……そうね。色んなクサカ君を私も見たいもの」
私はそう言って微笑んで、残りの粒を一気に食べた男子の爪先をまた小突くのだった。
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