第232話 フルーツ大福(後編)
フルーツ大福はあと一個ずつ残っている。
生物部の真ん中にあるでかいテーブルにはコセガワが一年間の活動記録をまとめている。
ノムラがいなくても出来るところまではやっておく、という事らしく、手持無沙汰の俺はストーブの前で携帯電話をいじっていた。
熱いお茶に美味い大福、じんわり温かいストーブの三点セット。
こりゃここから動けん。
「ほい、これでいい?」
「あざっす」
タチバナが俺の携帯電話を受け取りながら隣に椅子を引いてきて座った。
「まさか携帯電話持ってねぇとはな」
「必要性を感じなかったんで」
家と学校の往復がほとんどだし、連絡事項もその時に済ませておけば問題ないし、とタチバナは言う。
携帯電話で見せてやっているのは、檀上装花の画像一覧だ。
早速練り出しているようで参考にとそれを見ている。
「チョウノさんと電話とかライーンとかしたくねぇの?」
「学校で喋ればいいんで」
「足りなくね?」
「また明日があるんで」
余裕な答えに俺は降参する。
携帯電話で繋がっておくなんて普通になり過ぎてて、欲張りの一種なのでは、なんて思った。
「で、コセガワはどうすんだよ」
会議は続行中だ。
俺は特にする事ないし、と話をふる。
「んー……どう出ても逃げられちゃうからなー」
それな、とお茶を啜る。
しかし何とかしてやりたい。
俺が原因だし、コセガワの落ち込みようを見ていると胃がきりきりしなくもない。
「クサカのせいじゃないからねー」
いい奴ぅ! もう気持ちをぶちまけたらいいんじゃねぇのぉ!?
「それ以外でまだ僕がノノちゃんに届かないだけだからさ」
するとタチバナが携帯電話から目を離さずにこう言った。
「コウさんって自分を過小評価し過ぎじゃないですか? 俺から見れば
「えー、嬉しいなー。そう見える?」
「鬱陶しいくらいに」
タチバナは何気なく言ったつもりだろうけれど、今のは厳しい意見だ。
俺もそれに同意する。
コセガワの悪いところ、かもしれない。
わかっているくせに自分でストップをかけているのだ。
それは今までそうだったからか、慣れか習慣か。
どちらにせよ、知った俺達は動かしたくなる。
それが伝わったか、コセガワの嘘の顔が剥がれた。
「……嬉しいねぇ。でも、俺はまだ待つよ。ノノちゃんはそういう女の子だから」
それは俺やタチバナにはわからないやつだ。
顔を見合わせた俺達は肩を竦めた──その時、生物部の扉が開けられた。
「──お邪魔します。邪魔者をお届けに来ました。ほらノノカ」
女子と、女子にがっちり腕を握られているノムラだった。
「……やっぱやだっ。明日、明日にするっ」
「早く行け。コセガワ君、ノノカが話あるって」
「いいいっ! シウの馬鹿力っ!!」
ぐいぐい、とノムラの背中を押す女子は無事、コセガワの前に届けた。
それから女子はテーブルにあるフルーツ大福に気づいて、ロックオンしたまま俺とタチバナに近づく。
「こんちは、クラキ先輩」
「こんにちは。美味しそうね」
「クサカ先輩が一個くれるらしいですよ。も一個は俺のです」
え、俺言ってねぇけれど、と思ったけれど女子の目がもう訴えていた。
違う、脅してきていた。
「……どうぞぉ」
「んふ、遠慮なく」
語尾にハートマークが見えたので良しとしよう。
常備しているのかポケットからウェットティッシュを出して、拭いて、女子はもう大福を食べる。
もぐもぐ、と膨らんだ頬が超絶可愛い。
と、タチバナが見ている事に気づいた俺はすぐさま顔を真顔に戻した。
そしてテーブルの向こう側にいるコセガワとノムラが話を始めたようだ。
ノムラは気まずそうに顔を逸らしたままで、コセガワはいつものようにノムラを見ていた。
俺は、ひそり、とこっち側にいるタチバナと女子に話しかける。
「……ノムラどうしたん?」
「わかんないですけれどいつもと違いますね。不気味」
俺とタチバナの間で女子はまだ、むぐむぐ、と食べている。
そして残り半分も食べようとしたので手首を掴んで止めた。
はい、悲しい目はやめてください、答えてから食べてください。
「──スタートラインに立とうとしてるのよ」
「ふん?」
「……ああ、そういう事っすか」
「え、何?」
女子とタチバナの、じとり、とした目が俺に刺さる。
ん?
※
僕はノノちゃんを見ていた。
何日かぶりにこんなに近くにいて、逃げないでいてくれる。
けれど今日のノノちゃんは少し変だ。
違う、こんなノノちゃんは初めてだ。
まるで、初めて会う女の子みたいだ。
「……あ、ああああ、あのね、コウタロー」
「うん?」
スカートの脇を握り締めて、俯いていて、どもるなんてらしくない。
座っている僕は下から覗き込むようにノノちゃんを見ている。
「ごっ、ごめん。ずっと、無視した」
「ああ、うん。いいよ。だって僕が悪い──」
「──悪くない。悪く、ない。違う、アタシが変わった、だけっていうか」
確実に変だけれど、ノノちゃんはノノちゃんだ。
こうやって喋ってくれるだけで僕は今、めちゃくちゃ嬉しいんだ。
するとノノちゃんは僕をきっ、と睨んできた。
いつもの強い眼の下が赤くて──何で赤いの?
「──コウタローはアタシを好きなんだよね!?」
…………剛速球のドストレート。
思わず目が点、口が開いた。
ぎぎっ、とぎこちなくクサカ達を見ると、クサカ、クラキさん、タチバナちゃんは三人して口を押さえて驚いている。
「アタシも好きだけれど、そうだけれど、コウタローほどじゃないかもしんなくって、でもどっか行っちゃったらヤで、でもこうやって喋んないのもヤで、全部ヤだって思ったら言いたくて、でも言えなくって──」
「──ノノちゃん、今言ったよ」
こんなぐちゃぐちゃなノノちゃんは初めてだ。
嬉しい初めてだ。
ノノちゃんの手首に静かに触れると、固くなっていたノノちゃんの手が緩んだ。
「大丈夫だよ。怖くないよ。僕は僕だし──俺はずっと、ノノちゃんのそばにいるよ」
ノノちゃんは頑張り屋で寂しがり屋で、俺が唯一、守ってあげたい女の子だ。
それから──一筋縄ではいかない女の子だってのも承知の上だ。
そして突然の、ごっ!! という音と衝撃が頭に響いて、俺は椅子ごと後ろにひっくり返った。
ノノちゃんが頭突きしてきたのである。
「──コウタローのくせに! 調子にのんなよ! 明日から見てろ! 絶対負けてやんないんだから!!」
捨て台詞を残してノノちゃんは部室から出て行ってしまった。
もう我慢出来なかったのだと思う。
けれど、すごい進歩だ。
転げたままの僕は痛くて、嬉しくてそれどころじゃない。
クサカ達が心配そうに見下ろしてきたのは割とすぐだった。
「……笑ってるわね」
「元々コウさんはこういう人です」
「いやいや心配しようぜ?」
クサカが腕を引いて起こしてくれた。
もう俺は、にやけも笑いも止まらない。
やっと、届いた。
やっと、触れた。
やっと、両片想いに、届いた。
「……やっぱコセガワってマゾじゃん」
「サドじゃない? だって悪い顔してるもの」
クラキさんご名答。
次はどんな風にノノちゃんを変えていこうか。
俺は高鳴る鼓動にまた、にやけた。
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