第202話 バウムクーヘン(後編)

 放課後の部活時間、俺は天文部の部室にいた。

後輩の一年も数名いる。


「──うん。記入漏れなし、だよな?」


 ないかと、と後輩達もチェックしてくれて背伸びをすると、ごきん、と肩が鳴った。


 部員、俺を含めて全員参加。

日にちは学期末テストが終わる週末。


「合宿楽しみっすねーっ!」


 天文部恒例の冬の合宿のための申請書類をまとめていたところだった。

書類に問題がなければすぐに許可は下りるだろう。

しかし、一つ不可解な点がある。

今の、楽しみ、と言った奴だ。


「……なんでお前がここにいんだ? アオノよ」


 元天文部部員の一年生、アオノだ。

クリスマス前の買い物以来だけれど変わらず元気が眩しい。


「あれ? 話、こっちに来てないっすか?」


 俺が座っている机の対面にしゃがんで顎を机にのせてきた。


「話って?」


「俺も天文部の冬合宿に参加するって話っすよー」


 部長の俺、聞いていません。

他の一年も初耳らしく顔を見合わせている。

顧問のオオカミ先生からも聞いていないため、どういう事だ、と話を聞こうとした時、部室の扉が、がらっ! と開いた。


「──失礼しゃーっす。ここ天文部で合ってる?」


 突然の訪問者に皆が注目する。

そして見て、思い出した。


「お前……ものくろ屋のウエイトレスの!?」


 確か名前は──シロクロカラス、とかいう奴。

マジックでチョコレートボンボンくれた奴。

学校内で会うのは初めてだけれど、なんというか、ノムラと気が合いそうな匂いがした。

校則違反上等な着崩した制服、パンクっぽい雰囲気と化粧がまさにそれ。


「お? あー、クサカちゃんだっけ? お久しあけおめー! 顔知ってる奴いて良かったー。ってイカルちゃんもいんじゃんよ」


「カラス先輩、話通ってないんですけど! 結構前に決まってましたよね!?」


「ごめごめ、今それ話に来たとこー。うっかりすっかり忘れてたんだよねー」


「重要事項だっつってたじゃないですか! トキ先輩にチクりますよ!」


「はぁん! それ辛い!」


 天文部の俺らそっちのけで、ぎゃあぎゃあ、と二人が煩いので俺は、ぱん、と一拍、手を叩いた。


「──ちょっと黙りんさい。まずは、アオノが天文部の合宿に参加するってのの許可は貰ってんのか?」


 すると静かになったシロクロがぐっしゃぐしゃの許可書を渡してきた。

紙を伸ばして読むと、オオカミ先生のサイン、そして学園長のサインもあった。

いつもなら顧問の先生だけのサインしかないので少々驚く。


「……アオノ、今何部だっけ」


「リドル部っす」


 リドル部は通称の名──正式名称は、特別例外部。

活動内容、部員数共に謎。

そして、選ばれた生徒だけしか入る事も知る事も許されない部。

そんなとこにアオノは入った──いや、入る事になったのか、と俺は謎の一つを知った。

しかしまだ謎はある。

どうしてアオノが天文部の合宿に参加するのか、だ。

そう俺が謎めいた目を向けた時、シロクロが言った。


「ああ、ちょっと星の動きに興味あんの。イカルちゃんは元天文部だしさ、勝手は知ってるし適任ってとこ。邪魔するような事はしないし、予定もそっちに合わせる。一人遊びに来たみたいな扱いでいーよ。こき使ってもよし」


 唇に人差し指を当てながらの説明に、これ以上は言えない──謎、というのも教えてくれていた。

それなら俺らもこれ以上は聞けないか、と天文部の皆で目を合わせる。

その目は、特に問題ないんじゃないか、おかえりムードメーカー、のような明るさがあった。

俺もアオノがいると楽しい、決まりだ。


「わかった。アオノともう一人……翠ヶ丘ミドリガオカハトさん?」


 アオノと同じクラスの一年生の女の子だという。

もちろんリドル部だ。


「おけ。合宿中預かるわ」


「ひゅーう! クサカちゃん話わっかるーぅ!」


 シロクロは初めてとか人見知りとかねーのかいってくらいはしゃいでいる。

あと肩をばんばん叩くのも割りと痛いのでやめていただきたい。


「よろしくお願いしまっす! 合宿楽しかったんで嬉しいっす!」


 アオノも楽しそうだなおい。

ま、二人増えるくらいだし、問題起こさなきゃ何でもいいや。


「おっと、そうそう、今日来たのは許可書だけじゃなくってさ、ちょっと待ってねー」


 と、シロクロは、ささ、と部室を出て扉を閉めるとすぐにまた、がら、と開けて戻ってきた。

違うのはその手になかったものがあるって事。


「へいへい、これ。よろしく天文部って事で召し上がれー」


 巨大なバウムクーヘンだ。

厚みがパなくて、それにこのしみ込んだ色はメープルシロップか。

やばい、美味そう。


「いーの? ってかどっから持ってきて──」


「──当たり前にあたしも食べる!! イカルちゃん!! 調理室からフォークと取り皿借りてきて!!」


「はーい!! あ、クサカ先輩達は座っといてください!! 俺やるんで!!」


 超特急でアオノは行ってしまって、いち早くシロクロは俺のド真ん前に椅子を持ってきて座った。

でっかい目が俺を見ている。


「あ? 何?」


「……何でも、ないっす」


 本当は何でもなくない。


 なんかこいつ、クラキみてぇな目、なんだよなぁ……他は似ても似つかねぇけれど。


 そう思ったけれどやっぱり似てない、と訂正した。


 椅子で立て膝すんなっ、スカート短ぇのによっ、目がそっちに行くだろうがっ。

ぬぅんっ。

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