第190話 どら焼き(後編)

 参拝を終えた俺達は出店が並ぶ通りを歩いている。

しかし同じように参拝を終えた人達、そうでない人達が長蛇の列をなしていた。

三が日は仕方がないとは思うけれど、これはなかなかきついものがある。

それは俺ではない。


「──大丈夫か?」


「うん。あの二人よりはね」


 俺の隣を歩く女子が少し後ろを振り向いた。

そこには人にもまれ、着物で動きが鈍くなっているノムラとミッコがゆっくり歩いている。


「正月から試練かよ」


「ふふっ、お洒落には我慢は付きもの」


「ふーん──」


「──あ、しまった」


 そう言った女子は俺を目だけで見上げてきた。


「ちょっとつらいふりした方が自然に手を繋いでくれたりしたかしら? 恥ずかしがり屋さん?」


 新年一発目は俺からと思っていたけれど、先手、やられた。


「……迷子防止にお手をどうぞー?」


「素敵な理由ね。では遠慮なく」


「はいはい。お姫さんみたいだなぁ……」


 おろ、人差し指と中指の二本だけ?


 どうやら女子も友達と一緒のためか恥ずかしがり屋営業中らしい、と俺は少しだけ笑った。


 しかし着物の女子は格式高い、みたいに見えるマジックか何かがあると思う。

元から凛とした空気があるけれど、それが増したような、そんな雰囲気が俺の目を惹く。

いや、通り過ぎる人も女子を見ていた。


「──やーっと追いついたっ。どら焼きの屋台って端っこだったっしょ? その前に飲み物とか各自買っとくー?」


 追いついたノムラ達がややもみくちゃになりながら言う。

ミッコに至ってはコセガワとレンの腕を掴んでいた。


 こういうの何つったっけな……両手に花? 違うわ、男は花じゃねぇ──。


「──んふふ。両手に蜂蜜ね、ミッコちゃん」


 そう言うのか、と俺は女子に感心する。


 俺は花は一つでいいや──なんつって。


「ひー、着崩れしちゃうんじゃないかと思ったら全然歩けなくって。飲み物なら甘酒配ってるみたいよ。あたしは甘酒にするー」


 げ、酒か……酒じゃねぇけど、ぬぅん。


 するとコセガワもレンも甘酒にすると言った。

ノムラも何でもいいらしく同意、やばい。


「じゃあ皆で甘酒──」


「──俺はあっちの生姜湯貰ってくる。甘酒あんま得意じゃなくてなー」


 嘘、ほんとは飲める。


「クラキも生姜湯、付き合わね?」


 頼むからそうしてくれ、と俺は願う。

着物でお米様抱っこは勘弁だ。

何より可愛いとこ見せんのが嫌なだけだけれどっ。


「そうなの? じゃあ付き合ってあげる。どら焼き屋さんの前で集合ね」


 よっし、と俺達はまた通りを歩き出した。


 ※


「──私はカスタードにするわ」


「んー……俺は栗の生クリーム」


「んじゃ俺は抹茶小豆。定番からあんま外れないのが俺の選び方ー」


「僕はー……黒ゴマムースにしようかな」


「アタシは塩とクルミの生クリーム! しょっぱ甘いのマジで好きなんだよねー」


「それじゃああたしは……うん、バターと紫芋にしよ!」


 どんな法則か、全員見事に種類違い。

女子は本当にミッコとノムラに奢ってもらって満面の笑みだ。


「立ち食いは仕方なさそうね……あ、あそこの端に行きましょ。コセガワ君達もその方が食べやすそうだし」


 女子の提案で一口齧る前にまた移動する。

俺ら野郎組は昼飯がまだだったため、他にも色々買っていた。

たこ焼き、お好み焼き串、唐揚げ串などなどがっつり。


 俺はまた女子の隣に寄って話しかけた。


「寒くね?」


「へーき。羽織りって温かいの。クサカ君は?」


「へーき。って、袖捲れてっから一回持つ」


 女子の左の袖が捲れていたので、生姜湯の紙コップを受け取る。

その時、ちらりと見えた。


「……ふへっ」


「何──あ……ふふっ、変な笑い方」


「ごめごめ。俺の左腕も捲ってみ?」


 訝し気に女子が俺の袖口を軽く捲る。


「……えへ」


「ははっ、変な笑い方」


 俺は月のブレスレットを、女子は雪のブレスレットをしていた。

付けてくっかな、と思ったら本当に付けてきてくれていた。

予想以上に嬉しくて、困った。

変な笑い方にもなる。

これは多分──。


「──あーあ、また恥ずかしがり屋開店した」


「あは、何それ。楽し」


 そう、楽しいやつ。

そして女子は俺に生姜湯を持たせたまま、こう言った。


「我慢出来ないからちょっと待っててくれる?」


「あっ、ずるくね!?」


 どら焼きを一口齧った女子は頬を膨らませていて、楽しそうに食べた。


「……んふふー、もう一口」


 これは目的地まで荷物持ちか、と俺は、しょうがねぇなぁ、とまた笑うのだった。

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