第149話 ケーキポップス(前編)

 土曜日、午前十一時を回った頃、予報通りの晴れた天気の中、私は旧校舎の生物部の部室にいた。

生物部の植物科の方の部室は以前と少し変わっていた。

このモデルの企画のために、花達が飾られていた棚は後ろの方に移動されていて、吊られていたドライフラワー達も隣の動物科の部室に移動させたらしい。


 そして新たに設置されたのは暗幕のような黒い布──まるでミニスタジオだ。


 窓際に寄せられた机には皆の荷物があって、休憩場所に椅子も並べてある。

そこで私は今、待機中、だ。


「──だぁーーっ!! クジラーッ、くすぐったいから早くしてーーっ!!」


「うっせーっ!! 動くんじゃねーっつてんだろクラゲーッ!! ずれんだろーがーっ!!」


「我慢しまくってるってばーーっ!! ──あっ」


 今、ニノミヤさんがクジラ君にメイクをされている。

脚メイク、というやつらしく、色々混ぜてブラシで、こしょこしょ、されているのだけれど、今しがたくすぐったさから逃げたニノミヤさんの膝蹴りがクジラ君の顎にヒットしたところだ。


「……俺も気をつけよ」


 冷静なつっ込みをするタチバナ君は、黙々と花の最終作業を進めている。


「……クジラごめーん」


「……クラゲ、てめぇ、我慢してろって言っただろ!?」


「わっ、わざとじゃないもん!!」


 また言い争いが始まってしまった。

この二人、仲が良いのか悪いのか。


「──クラゲちゃん! 時間押しちゃうからじっとして!」


 おっと、しっかり者のまとめ係、チョウノさん登場。


「クジラ君大丈夫?」


「あ、うん。もう平気──」


「──なら手を止めないで。本当ならもう撮り始めてる時間割りなんだからねっ」


「……だってクジラが──」


「……だってクラゲが──」


「──だってじゃないの!」


 するとチョウノさんが私の方、休憩場所の方に来て、差し入れのお菓子を二本、両手に取って持って行った。


「はい、あーん!」


 小さいチョウノさんがお菓子──ケーキポップスを言い争う二人の口に突っ込んだ。


「はい! 黙って手を動かす!」


 なるほど、と思ったら私と同じようにその様子を見ていたタチバナ君の表情に変化があった。

これは、ふむ。


「……ヤキモチ?」


 私は隣に座るタチバナ君に体を傾けて、ひそ、と言ってみた。

返事は返ってこない。


「私でよかったらしてあげましょうか?」


 スイーツ部からの差し入れのケーキポップスは丸や四角で、色とりどり。

黒いチョコ、白いチョコ、こっちはピンクのストロベリー。

飾りのスプリンクルもそれぞれ可愛い。

一口で食べられるそれらは可愛くて美味しい──のに、タチバナ君に長いため息で返事されてしまった。

仕方がないので私が食べましょう。

一口で、ぱくっ、と、ぬっ、とスティックを引き抜いて、柔らかいスポンジとカラフルのスプリンクルとホワイトチョコレートをもぐもぐ。

美味しーい。


「……クラキ先輩も意地悪いっすね」


 そう、意地悪なの。


 私は、にんまり、と笑って戻ってきたチョウノさんにこう言った。


「──チョウノさん、タチバナ君も食べたいらしいの。手が塞がってるから食べさせてあげて?」


「えっ」


「あ、はい。じゃあ──」


 ──と、チョウノさんは、どれにしようか、と選び出した。


「……ちょっと先輩っ」


「ご希望の意地悪よ」


 ふふん、と笑っていると、はい、とチョウノさんはタチバナ君の口にケーキポップスを突っ込んだ。

チョウノさんは平気そうで、タチバナ君は驚愕している。

もう少し可愛らしい、あーん、を期待していたのだけれど、これはこれで楽しい。

タチバナ君が睨みは無視しましょう。


「クラキ先輩もそろそろメイクの支度をしてくださいね」


 チョウノさんは、てきぱき、と指示をしては動いている。

確かに、のんびり? している私達には重要な係だ。

タチバナ君もこだわりが強いし、クジラ君も同じくそうだ。

まだ来ていない写真部のレン君もきっとそうだと思う。


 ニノミヤさんもくすぐったいのを必死に我慢して、やや震えている。


 ──私も、この中の一員だものね。


「……じゃ、蹴られないように頑張りますか」


 まだ睨むタチバナ君の手には薔薇の花がある。

ある程度形になっているのか繋がっていて、それだけでもとても綺麗だと思った。

そして、ふぅ、と息をついた時、言われてしまった。


「俺がセットするまでにはその緊張、ほぐしといてくださいね」


 ……見破られていたようで。


 私は今、緊張している。

この部室に来た時から、座ってから、立てないくらいに。


「……タチバナ君って意地悪だわ」


 すると、ご希望の意地悪っすよ、と同じ事を言われてしまったのだった。

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